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裕夢「千歳くんはラムネ瓶のなか」 定番の対極、「リア充」少年の姿

 ライトノベルの青春ラブコメで主人公に選ばれることが多いのは、オタクだったり陰キャだったりという教室のはぐれ者、日陰者たちだ。青春を謳歌(おうか)するリア充を頂点とした学校のヒエラルキーにあって、そこになじめない彼らだからこその方法で学園の問題を解決していく物語も渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(ガガガ文庫)などを代表に定番のひとつになっている。
 だが第13回小学館ライトノベル大賞・優秀賞受賞作の裕夢『千歳くんはラムネ瓶のなか』は対極。才色兼備な男女の友人とともに教室のトップに君臨する「超絶リア充」、千歳朔が主人公なのだ。
 そんな彼が、ひきこもりの生徒・山崎健太を登校させるよう担任に依頼される、という導入は王道だが、わざわざ千歳は、健太の家に仲のいい女の子を自転車の後ろに乗せて向かうのだから、目的が説得なのか自慢なのかわからない。読者だって、女連れでおしかけられた方に同情するのではないか。だが、かなり強引に健太の信頼を勝ち取り、彼をリア充に変える指南をかってでるにあたり、その印象は少しずつ変わってくる。
 たとえばガガガ文庫にはリア充ヒロインがゲーマー主人公に人生の「攻略法」を伝授していく屋久ユウキの『弱キャラ友崎くん』シリーズがあるが、本書の場合、男同士の師弟関係を、リア充側から描くことで新味を獲得している。
 一見、軽妙を通り越して軽薄とさえ感じられるリア充の一人称を通じ描かれるのは、華やかな日常と引き換えに、常に偏見と中傷の受け皿にされる彼らの側の生きづらさであり、そんなリア充の筆頭と目されながら、実は困った人間を放っておけない少年の姿だ。いわれのないやっかみにさらされ、時に助けようとした相手からも罵倒されながら、それでも自分の生き様を貫く姿勢はハードボイルド的とさえ言っていい気がする。
 本作は、ライトノベルの定番を正反対の主人公を用いて語り直した先行作へのアンサーソングだ。もちろん、青春小説としての真摯(しんし)な姿勢においても、けして先達たちに劣るものではない。
 確固たる信念を持つ一方、年相応の未熟さや悩みを抱えた千歳が、今後もその美学を貫き通せるのかどうか。続刊も楽しみにしている。=朝日新聞2019年6月20日掲載