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映画「天気の子」、民俗学で読み解いてみると…… 民俗学者・畑中章宏さんに聞く

文:太田明日香 写真:坂下丈太郎

主人公・帆高はなぜ海から来たのか?

 畑中さんがまず注目したのは主人公・帆高の名前だった。

 「ほだか」と聞くと、長野県にある山「穂高岳」を思い浮かべる人が多いだろう。彼は海からやって来るのに、どうして山の名前を持っているのだろうか。畑中さんはもしかしたら神話の中に帆高のモデルがいるのでは、と仮説を立てる。

「監督の新海誠さんの故郷は信州で、そこに穂高神社という神社があります。穂高岳の神様で、そこに祀られているのは、『古事記』にも出てくる穂高見命(ホタカミノミコト)という名前の神様。この神様は安曇野(あずみの)を根拠地とした安曇族の氏神なんです。安曇族というのはもともとは北九州の志賀島(しかのしま)にいて、船で西日本各地に移住していった。渥美(あつみ)半島や熱海(あたみ)なんかは安曇族が住んだところだと言われています。おもしろいのは、穂高神社には御船祭という祭があって、内陸部なのにお神輿は船の形をしているんです。もしかしたら帆高が離島から船に乗って東京にやって来るのは、穂高見尊が船で移動する民だったところにインスピレーションを受けているかもしれない」

洪水を生きのびた男女の伝説

 そして、ストーリーに大きく関係がある神話が、信州には多く伝わっているという。

「安曇野はかつて安曇平(あずみだいら)とも呼ばれていて、信州にはこんなふうに「平(たいら)」とつくところがたくさんありました。ほかにも長野市のあたりは善光寺平、松本市のあたりは松本平と呼ばれていた。新海監督の故郷の佐久市も佐久平(さくだいら)と呼ばれていたところ。この「平」がつくところには共通してある神話が残っているんですよ」

 それは、「洪水神話」と呼ばれるものだ。

「『平』という地名のつくところに行ったらよくわかるんですが、盆地で周りが山に囲まれているんです。実はそこは元々水に覆われていて、人の手によって山を崩して水を排出し、人が住めるようになったという神話があるんです」

 ちなみに、畑中さんの著書『災害と妖怪』でも、松谷みよ子の童話『龍の子太郎』の元になった信州の洪水神話が紹介されている。

「その地域に共通するものとして双体道祖神(そうたいどうそじん)が残っています。道祖神は「塞(さい)の神」とも言われる、村境に置かれる村の守り神のような石像です。双体道祖神は男と女をペアにしたもので、一般的には洪水から生き残った夫婦と言われていますが、兄妹という説もあります」

 その姿は雨の降り続く東京で生きる帆高と陽菜の姿にどこか重なるところがある。

ヒロイン・陽菜は何者なのか?

 では肝心のヒロインの陽菜は何者だろうか?

「陽菜は天照大神(アマテラスオオミカミ)じゃない? って言う人がいたんだけど、違うと思うんですよね」

 陽菜は天照大神かもしれないというのは、陽菜があることをきっかけに、祈ると「晴れ」を作りだせる「晴れ女」になるところから推理したもの。

「確かに天野陽菜という名前で、天(あま)という音や、彼女が得た「晴れ女」の力と、天照大神が太陽神であるというところには共通点はある。けど、天照大神は天皇家に縁の深い伊勢神宮に祀られていて、陽菜の置かれた境遇とはそぐわない感じがする。ちょっとスケールがでかすぎますよね。それに天照大神は水とか雨そのものに関わる神ではない」

 畑中さんが目を向けるのは、もっとわたしたちの生活になじみの深いもの。みなさん、子どものころ晴れてほしいときは、どうしていただろうか? 畑中さんはヒントをくれる。

「陽菜が晴れを祈るときに一緒に『てるてる坊主』が出てくるでしょ?」

 陽菜と「てるてる坊主」? いったいどんな関係があるんだろうか。
 そもそもどうして「てるてる坊主」と言うのだろうか。畑中さんの著書『天災と日本人』には、古来から、日本では天気をコントロールしようと、雨を降らせるための雨乞いや、晴れ間を作る日乞いの儀式があったとある。
 それらの儀式は時代が下るにつれて仏教の儀式として行なわれ、僧侶が関わることが多くなったそうだ。だから晴れを願う人形にも「坊主」と名がつくのだとか。現在の日本では晴れを願うときには紙や布で作った「てるてる坊主」をつるすが、畑中さんはその元になった中国の神話に目を向ける。

「中国の場合は女性、特に少女にそういう役割があったそうです」

 たとえば中国のある村にはこんな話がある。
 降り続く雨で水浸しになっていた村に住む「掃晴娘(そうせいじょう)」は、雨の神「龍神」に雨を止めてくれるようにお願いした。すると天上から「龍神の妃になるなら、雨を止めてやる」という声が聞こえた。掃晴娘がそれを受け入れると雨は止み、空は晴れ渡った。掃晴娘は天に登り、姿が見えなくなった。

 また、北京にはこんな話も伝わっているという。
 北京に切り紙の得意な晴娘(せいじょう)という美しい娘がいた。ある年の6月北京に大雨が降り水害となった。北京の人びとはこぞって天に向かい、空が晴れるようにお祈りをした。「晴娘が東海龍王(とうかいりゅうおう)の妃になるなら雨をやませる」という天の声がした。晴娘が言う通りにすると雨は止み、晴娘は消えた。それ以来北京の人は雨が続くと、晴娘をしのんで切り紙で作った人形を門にかけるようになった。

「実はこの掃晴娘や晴娘がてるてる坊主の原型ではないかと言われているんです。だから、陽菜の正体は中国の掃晴娘ではないかっていうのが僕の説なんです」

 民俗学で現代のアニメが読み解けるとは。確かにそう言われるとつじつまが合っているように思える。
 そんな由来を聞くと、迷信だと思っていたてるてる坊主にも効き目がありそうな気がしてきた。たまにはてるてる坊主をつるして、陽菜みたいに晴れを願ってみようか。