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「銀河で一番静かな革命」書評 誰かの物語とのつながり描く

評者: 寺尾紗穂 / 朝⽇新聞掲載:2019年08月17日
銀河で一番静かな革命 著者:マヒトゥ・ザ・ピーポー 出版社:幻冬舎 ジャンル:小説

ISBN: 9784344034679
発売⽇: 2019/05/23
サイズ: 20cm/236p

銀河で一番静かな革命 [著]マヒトゥ・ザ・ピーポー

 日々は宙ぶらりんなことで溢れている。よく使う渋谷駅。年明けのころ、杖を使って1センチずつしか進めないようなホームレスのおじいさんが岡本太郎の絵の前でよく座っていた。あまりに寒い日々で風邪を引かないか声をかけたことがあった。その時その人はごほんと咳き込んで涙を流し、通路に涙のしみができた。誰も立ち止まらず、そこだけ時が止まったようだった。それきり会えず、春がきた。彼の無事もわからないままだ。
 例えばそういう忘れられない時間と出来事、その余韻を人は生きる。本書の光太がそうしたように、生きているか死んでいるかも分からない誰かがいた場所に赤い花を置いてみる。それは閉じられた物語のようでいて、誰かの大切な物語とつながっている。本書で描かれるのは、そういうつながりの存在であり、世界への肯定だ。「愛と呼ばれそこねたいくつかのこと」というフレーズに象徴される、人間という拙い存在への眼差しが一貫して優しい。
 夜の自販機を「じりじりと暗闇を焼くようにうごめいている」と描き、泣きやんだ赤ちゃんを見守る飛行機内での時間を「大きな怪獣の温かい胃袋の中で揺れてるみたい」と表現する。ソングライターとしての才能は以前から感じていたが、彼の観察眼と詩的な感受性は、小説の世界でより際立つように思う。
 彼の音楽の一ファンとしては、彼の歌世界と小説とが美しく調和して存在することにも胸揺さぶられた。もともと「永遠」をよく歌う人だったが、その理由も本作を読めば自ずと伝わるものがある。
 社会の様々な場所で多様性の必要が叫ばれて久しいが、「ちょっとした地獄」である現代を生きる多くの人々を結びつける力をマヒトゥは持っている。彼が仲間と手弁当で作り上げる稀有な音楽フェス「全感覚祭」を含め、本書をきっかけに彼の活動や音楽がますます広まることを願う。
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 MahiToThePeople 1989年生まれ。ミュージシャン。2009年にバンドGEZAN結成、作詞作曲ボーカル担当。14年にNUUAMM結成。