「戦国合戦〈大敗〉の歴史学」書評 敗者復活もあった〝その後〟分析
ISBN: 9784634591158
発売⽇: 2019/06/01
サイズ: 21cm/291p
戦国合戦〈大敗〉の歴史学 [編]黒嶋敏
たった一度の敗戦で全てを失う。戦国時代の有名な戦いの多くに、そうした〈大敗〉の印象がつきまとう。
しかし実際には、巷間言われるほど劇的な〈大敗〉ではない場合もあるし、〈大敗〉後に持ち直した戦国大名もいる。〈大敗〉を教訓として勝ち組に転じた者すら存在する。本書は研究者らによる論文集。綿密な史料分析に基づき、戦国時代の著名な〈大敗〉の実像に迫り、また〈大敗〉後の敗者の動向を丁寧に追う。
第1部は《〈大敗〉と大名領国》。金子拓(ひらく)は、長篠敗戦後の武田勝頼の軍制改革に注目している。また勝頼が家老衆の意見を無視して敗れたというイメージは『甲陽軍鑑』に依拠しており、再考の余地があると説く。畑山周平は、日向伊東氏が島津氏に逆転された契機は、「九州の桶狭間」とも呼ばれる元亀3年(1572)の木崎原の戦いではなく、永禄12年(1569)の戸神尾の戦いであると指摘する。八木直樹は、耳川の戦いで敗れた大友氏の領国再建の試みを復元する。
第2部は《〈大敗〉と「旧勢力」》。山田貴司は、月山富田城の戦いに敗れた後の大内義隆の公家化は、現実逃避ではなく、朝廷との親近性を誇示して〈大敗〉を糊塗する戦略と説く。田中信司は江口合戦を再考し、幕府・細川氏全体が三好長慶に敗れたわけではなく、三好政権は未成立と主張する。播磨良紀は、今川義元が三河制圧のために兵力を分散させていたことを解明し、桶狭間での今川・織田の兵力差を再検討する。
第3部は《〈大敗〉から勝者へ》。福原圭一は第四次川中島の戦いを検討。武田側ではなく上杉側が敗れた可能性を示す。谷口央(ひさし)は、三方ケ原の戦いでの徳川家臣の奮戦が江戸時代に誇張されていく過程を考察する。黒嶋敏は、伊達政宗自身が「敗軍」と回顧した人取橋の戦いに対して、近世伊達家が敗北を否定した事実を指摘する。
学術的な書籍だが、戦国ファンにもお勧めしたい。
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くろしま・さとる 1972年生まれ。東京大史料編纂所准教授(歴史学/中世地域・海域社会の研究)。