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「デカルトからベイトソンへ」書評 「弱い自己」こそ和解や解決へ導く 朝日新聞書評から

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年08月31日
デカルトからベイトソンへ 世界の再魔術化 著者:モリス・バーマン 出版社:文藝春秋 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784163910215
発売⽇: 2019/07/25
サイズ: 21cm/450p

近代科学の成立によって、世界から魔術が失われた。大きなパラダイムチェンジを経て登場したのは、資本主義と科学思考によってできあがった単色の近代である−。歴史的なパラダイムの…

デカルトからベイトソンへ 世界の再魔術化 [著]モリス・バーマン

 人生がうまくいかない。生きる意味がわからない。こうした苦しみこそ気づきのチャンスだ、とバーマンは本書で言う。どういう気づきなのか。強い自己はすべてをコントロールできる、という西洋近代の前提が間違っているという気づきだ。
 彼は代わりに弱い自己を導入する。弱い自己とは何か。世界という大いなる循環の中の一要素でしかない、という謙虚さとともにある自己だ。たとえば、アルコール依存症者はどうか。酒を止めようとする意志に身体は抵抗する。意志が強固であればあるほど抵抗は強まり、ついには意志を砕く。
 なぜ上手くいかないのか。それは、意志が身体をねじ伏せようとするからだ。だがアルコール依存症更正のための団体である「AA」の考え方は違う。定期的なミーティングの中で、参加者は自分が無力であることを認め、大きな力に身を委ねることを学ぶ。そして、かろうじて今日だけは飲まないでおこうと誓う。
 大きな力とはなにか。神かもしれない。あるいは動植物すべてを含めた命の拡がりかもしれない。それがなんであれ、無力の自覚とともに、自己は身体と和解する。そして世界と和解する。
 文化人類学者ベイトソンの「AA」に関する議論を引きながらバーマンは言う。こうした弱い自己こそが、現代の多くの問題解決へのヒントになるのではないか。
 きちんと身体の声を聴きながら動くとき、自己は身体とともに一つのシステムを作り上げる。身体だけではない。周囲の人々、そして環境へと自己を開いていくとき、システムは拡張し続ける。こうした循環システム全体を〈精神〉と呼んでみてはどうか。敵対ではなく和解を、制圧ではなく傾聴を。真に世界とともにあるとき、自己は最も強くあり得るだろう。
 本書の情報量は膨大だが、その議論は思いのほかシンプルだ。「本当に生きること、黄金を獲得することは、自分自身の本性の命じるところに従って生きることによってのみ成し遂げられるのであり、そのためにはまず魂の死の危険に真向から向きあわなければならない」
 強い自己など表層的なものでしかない。その死をくぐり抜けることで、人はより深いところにある、弱い自己と出会う。かつて多くの物語が、こうした魂の旅を描いてきた。だがその意義は古びてはいない。
 いや、環境汚染や地球温暖化といった巨大な危機に人類が直面している現代にこそ、こうした自己のあり方が必要とされているのではないか。近代を超える生き方を模索するバーマンの粘り強い思索に圧倒された。
    ◇
 Morris Berman 1944年生まれ。社会批評家。北米の複数の大学で教えた後、執筆活動に専念。著書に『社会変革と科学的組織』など。本書の原書は81年刊行、89年に邦訳され、訳文を手直しして復刊。