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「隠された奴隷制」書評 現代日本に生きる私たちもまた

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2019年09月28日
隠された奴隷制 (集英社新書) 著者:植村 邦彦 出版社:集英社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784087210835
発売⽇: 2019/07/17
サイズ: 18cm/268p

「自由」に働く私たちがなぜ「奴隷」なのか? ロック、モンテスキュー、ルソー…。近代350年を辿り、マルクスが遺した「隠された奴隷制」という謎のキーワードで資本主義を読みと…

隠された奴隷制 [著]植村邦彦

 朱野帰子(あけのかえるこ)の小説に『わたし、定時で帰ります。』がある。テレビドラマ化され、こちらも話題になったが、作中で主人公は「定時に帰るは勇気のしるし」と口にする。バブル時代のCMのもじりだが、たしかに仕事を断って定時に帰るのは勇気が必要だろう。しかし、すべてを引き受けていればきりがない。自分の生活を守るためにも勇気を持って戦う必要がある。本書では、今までと違う働き方を探ることもまた、「階級闘争」であると指摘する。
 社会思想史を専門とする著者は、近代の自由の思想家たちが、いかに奴隷制の存在を自明視し、それに依拠して議論していたかを論証していく。奴隷を使用する農園を植民地に所有していたロックをはじめ、著者はモンテスキューやヘーゲルなどの議論を、そこに描かれている奴隷という視点から読み直していく。自由のために論じていたはずの思想家たちがなぜ、奴隷制に依拠してしまうのか。その逆説を追う論旨はスリリングだ。
 しかし、さらに深刻なのは、事実上労働を強制されながら、それを自らの意志で選んだと考えている「自由な労働者」たちである。彼らは自分を奴隷とは思っていない。が、雇用されて働くしかなく、失業したら生きていけないとあえて「自己責任」で長時間労働を引き受ける労働者は、本当に自由なのか。現代を生きる私たちもまた、「隠された奴隷制」の下に生きているのではないかと著者は問いかける。
 本書の議論は、アリストテレスからマルクスへ、そして現代のグレーバーの『負債論』にまで及ぶ。いわば、奴隷制を通じてみた壮大な社会思想史であるが、そこに溢れるのは、現代日本社会への問題意識である。「逃げる」ことを含め、「自由な時間」を増やすために自分にできることをする、それが奴隷でなくなるための第一歩であると著者は結論づける。重たい、問題提起の書である。
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うえむら・くにひこ 1952年生まれ。関西大教授(社会思想史)。『市民社会とは何か』『マルクスを読む』など。