「今の若い社員は働き方が昔と違う。普通に定時で帰っていきます」。先日、50代中堅社員の声を耳にしましたが、この小説もそんな風潮を後押ししているのかもしれません。
主人公の東山結衣はウェブ制作会社で働く30代女性で、入社以来ポリシーを持って定時で帰り続けています。仕事帰りに中華料理店でビールを飲むのが至福の時。会社では若干冷たい視線を浴びながら、風邪でも出社する女性社員、産後に「高速復帰」した先輩、ワーカホリックな元彼、辞めたがる新人、無理な案件を通す上司といった社員に囲まれて孤軍奮闘する主人公。周りに気を使って定時で帰れない読者はむしろ他の登場人物に感情移入しそうです。
結衣は勤労意欲が薄いというよりも、一時間あたりの生産性が高く実はデキる女でした。早朝までダラダラ会社に居続けても仕事が進まない同じ年の吾妻に対し、デジタル時計を傍らに仕事術をレクチャー。「メールは書く方も読む方も時間を節約できるように短い文章にする」「お昼は三十分で食べて十五分の仮眠」など、実用的にも役立つ箇所です。「会社は男の家」「俺仕事できないから」「みんながいる時間に会社にいたくねえ」といった吾妻の心の叫びが胸に迫ります。吾妻を「明日の自分を信じよう。勇気出して、一緒にタイムカード押そうよ」「定時に帰るは勇気のしるし、だよ」と結衣が励ます熱いシーンは、仕事というよりももはやスポーツのようでした。長時間労働に向かってしまうのは孤独だから、という後半の結衣の言葉が心に刺さります。
ドラマチックな場面だけではありません。人員を増やしてもらうために根回しが必要だったり、ウェブの制作だけでなく運用の仕事を取れるかが重要だったり、シビアな現実も詳細に書かれていて、読んでいて一緒に仕事しているような錯覚が。夢中になって読んでいると、定時の枠を超えて長時間経過。一仕事終えた充実感に浸りました。
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新潮文庫・637円=7刷15万5千部。2月刊行。TBS系でドラマ放送開始。担当編集者は「30~40代の女性が主な購読者層だが、管理職世代の50代男性も意外と多いですよ」。=朝日新聞2019年4月20日掲載