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「帝国に生きた少女たち」書評 敗戦で気づいた朝鮮の「苦悩」

評者: 寺尾紗穂 / 朝⽇新聞掲載:2019年10月26日
帝国に生きた少女たち 京城第一公立高等女学校生の植民地経験 著者:広瀬 玲子 出版社:大月書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784272521142
発売⽇: 2019/08/12
サイズ: 20cm/222p

帝国に生きた少女たち 京城第一公立高等女学校生の植民地経験 [著]広瀬玲子

 日本統治下の朝鮮・京城(現ソウル)に日本人のための高等女学校があった。卒業生へのインタビューを基に書かれた本書は、生徒から見た植民地朝鮮の景色を伝える。「オモニ」と呼んで個人名も聞かずに接していた家の使用人、彼らが正月前に起こした「餅代よこせ」ストライキ。それでも植民者としての意識は薄く「ここは日本」と思いながら不自由なく育った少女たち。多くは敗戦によって初めて、朝鮮の人びとが抱えていた苦悩に気づいた。
 戦後、植民地経験への向き合い方は人それぞれだが、葛藤を続けるタイプとして挙げられる児童文学者、堀内純子の視点は重要なものに思える。「日本のしたことは悪いけど、だからって善意の人がいたことを否定することはない」という彼女の作品中の言葉から分かるように、植民者の生や経験をいかに捉えるかということである。植民地には、善意が支配を支えるケースが確かにあった。一人ひとりの体験に分け入った上で、もう一度植民地の相貌を見極め、「日常化した体制としての植民地主義」をあぶりだそうとした本書は、少女たちのエピソードの多様さと尽きない思いによって、読み応えあるものになっている。
 朝鮮で生まれた彼女たちは、朝鮮人の仕事と思っていた運転手や清掃の仕事を、内地では日本人がしていることに驚く。しかし戦後さらされたのは「侵略者のおまえらがかえってくるから、われわれが餓える」という日本人からの視線だった。「外地組」への嫉妬が、向こうで贅沢をしたなら苦しい目をみても当たり前、好き勝手に生きてきたのなら自己責任、という冷淡さに変わる。似たような風潮は現在の日本にも溢れている。これが日本と諦めるのも悲しい。社会の負を前に必要なのは断定や無関心ではなく、凝視し、問いを立てることであろう。少女たちの植民地朝鮮を巡る葛藤に触れながら、そんなこともまた考えさせられた。
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ひろせ・れいこ 1951年生まれ。北海道情報大教授(近代日本思想史・女性史)。『国粋主義者の国際認識と国家構想』。