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「愛犬家の動物行動学者が教えてくれた秘密の話」書評 飼い主も実は知らぬことだらけ

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2019年10月26日
愛犬家の動物行動学者が教えてくれた秘密の話 著者:マーク・ベコフ 出版社:エクスナレッジ ジャンル:動物学

ISBN: 9784767826585
発売⽇: 2019/08/16
サイズ: 19cm/377p

愛犬家の動物行動学者が教えてくれた秘密の話 [著]マーク・ベコフ

 やや通俗的な邦題だが、著者は高名な科学者である。鼻腔(びくう)の奥、臭いを感知する嗅(きゅう)上皮を広げたら、人間ならばホクロ一つを覆うぐらいなのに、犬の場合は体全身を覆うほどの面積になるといったことも書いてある。「犬の鼻はもはや芸術品で、優れた適応と進化の最高傑作」だそうだ。
 同時に著者は、いかに私たちが犬のことを知らないかも力説する。犬はなぜ、ウンチやオシッコをしたあと、地面をひっかくのか? 犬は他の犬のオシッコの上にオシッコをすることで、何を伝えようとしているのか? 犬は自分の姿を視覚的に識別できるのか? 犬を飼ったことのある人なら生半可な知識で答えてしまいそうだが、本当は分からないことだらけだ。
 それならば徹底的に観察してみよう。その格好の場所がドッグパークだという。日本でも増加中のリードを外して犬を遊ばせることのできる空間だ。犬同士の遊びのシグナルやルール、社会的順位づけ、犬と飼い主との関係など、観察することは沢山ある。観察のコツも書いてある。
 科学的探求と、人と犬との信頼関係の構築とは矛盾しないというのが著者の信念だ。例えば、犬が順位関係を作るのは明らかだが、だからといって人が犬を支配する必要はない。どちらが主人かを思い知らせねばといった権力闘争を犬と行ってはならないのだ。
 犬は人の思いやりを引き出すと著者はいう。確かに社会に亀裂が走っても、犬のことになると、人はなぜか優しくなれる。そして、なぜ人は飼い犬を亡くした見知らぬ人には同情するのに、シリア難民の境遇には冷淡でいられるのかと自問したりもする。これは共感の溝を埋める第一歩だ。
 知らない土地で犬を見かけると、どんな気分でいるのかなと考えてしまう、といったのは椎名誠だ。犬の身になってみれば世界に共感の輪が広がるかもしれないと思うのは、犬好きの独りよがりだろうか。
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 Marc Bekoff 米コロラド大ボルダー校名誉教授(生態学・進化生物学)。著書に『動物たちの心の科学』。