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書評家・杉江松恋さんが薦める新刊文庫3冊 スリリングな活劇が展開

杉江松恋が薦める文庫この新刊!

  1. 『七人の暗殺者』 エイダン・トルーヘン著 三角和代訳 ハヤカワ文庫NV 1144円
  2. 『さすらいのキャンパー探偵 見知らぬ町で』 香納諒一著 双葉文庫 737円
  3. 『黄土の奔流』 生島治郎著 光文社文庫 924円

 (1)〈おれ〉ことジャック・プライスは、ドラッグ・ディーラーだ。その彼と同じマンションに住む老人が殺された。生活圏内で殺人事件が起きたことが気に入らない〈おれ〉は独自に調査を開始するが、秘密を隠しておきたい何者かに殺し屋を差し向けられてしまう。
 主人公は、麻薬の前はコーヒーを扱っていたこともあり、やたらと飲むものにうるさい。彼の饒舌(じょうぜつ)な語りが生みだすリズムが気に入ったら間違いなくお薦めだし、〈セヴン・デーモンズ〉と名乗る殺し屋集団も、他にない怪物的な魅力があってたまらない。ロンドンを舞台に先の読めない活劇が展開されるスリラーだ。

 (2)フォルクスワーゲン・タイプ2を駆って日本各地を放浪する、フリーカメラマン兼私立探偵の辰巳翔一を主人公とした短篇集(たんぺんしゅう)が三ケ月連続刊行されており、これが三冊目。表題作は、愛車が故障したために田舎町で足止めを食った辰巳が揉(も)め事に巻き込まれる。旅先での人の出会いが意外な事件へと展開するプロットと豊かな自然描写が毎回楽しい連作で、もちろんどの巻から読んでも構わない。

 (3)は日本の冒険小説史の里程標的作品だ。舞台は一九二三年の上海、現地で破産の憂き目に遭った紅真吾は大手商社支店長の沢井から儲(もう)け話を提案され重慶を目指す旅に出る。
 揚子江を三千キロ、治安の悪い流域をおんぼろ船で遡(さかのぼ)るのだ。かき集めた八人の乗組員は曲者揃(ぞろ)いで、その素顔がだんだん判(わか)っていく中盤以降の展開はいつ読んでも震えがくるほどにおもしろい。=朝日新聞2019年11月2日掲載