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「記憶する体」書評 自分の中の「他者」と付き合う

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年11月16日
記憶する体 著者:伊藤亜紗 出版社:春秋社 ジャンル:福祉・介護

ISBN: 9784393333730
発売⽇: 2019/09/18
サイズ: 20cm/277p

記憶する体 [著]伊藤亜紗

 起きられない。とにかく痛い。今まで使っていた体が突然、意思に従わなくなる。そうした体とどう付き合えばいいのか。本書で伊藤は考える。
 登場する人物は様々だ。そしてその多くが、体の機能や部位を中途で失っている。まずやって来るのは絶望だ。だが、生きることを選んだとき、彼らの探求は始まる。
 例えばバイク事故で片腕の神経を切断した森さんは「人間をやめる」ことにする。なぜこうなったのか。他の人にできることがなぜできないのか。普通に生きるとは、そうしたことを考えて生きるということだ。
 だが山にこもった彼は、禅に学びながら「なぜ」を問う心の動きを止める。そして手負いの動物のように、「ただ生きる」ことにする。自分をコントロールしない。他人と比較しない。辛いとも辛くないとも考えない。そうした態度を「セルフセンター」と彼は呼ぶ。
 あるいは、神経の難病で常に体が痺れているチョンさんはどうか。何かをしようと考えすぎるとできなくなる。だからなるべく意識しない。そうやって、自分の体の予測できない反応を観察しながら、少しずつ体の使い方を発明していく。彼は言う。「できないことを考えてふさぎこむんじゃなくて、今できることは何なんだろうと考えたら、いろいろ物事が動き出して、外にも出られるようになりました」
 他人は思い通りにならないことは僕らも知っている。でも、自分だって思い通りにはならない。意欲はなかなか湧かないし、記憶は勝手に甦る。面倒くさいけど、この体に生まれてきた以上、どうにか付き合っていくしかない。
 だからよく観察する。お願いする。少しでもできたら大いに褒める。なんだ、これって他人との付き合い方と一緒じゃないか。人に寛容になるには、まず自分に寛容になること。この本を読んで納得できた。
    ◇
いとう・あさ 1979年生まれ。東京工業大准教授。専門は美学、現代アート。著書に『どもる体』など。