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スイスイ酔える鏡花 作家・門井慶喜さんオススメの3冊

  • 泉鏡花『本当にさらさら読める! 現代語訳版 泉鏡花[怪異・幻想]傑作選』(秋山稔監修・白水銀雪訳、KADOKAWA)
  • 青柳英治・長谷川昭子『専門図書館探訪』(勉誠出版)
  • 梶村啓二『ボッティチェッリの裏庭』(筑摩書房)

 もちろん鏡花は原文で読む。その馥郁(ふくいく)たる文語文そのものに酔うのが値打ちなので、現代語訳で意味だけ理解したところでノンアルコールビールを飲むほどの楽しみもないと思う。

 その私が、この白水銀雪訳にはおどろいた。さっそく代表作「高野聖」の一節を比較しよう。まずは原文から。岩波文庫版『高野聖・眉かくしの霊』より。

 〈向う岸はまた一座の山の裾で、頂の方は真暗だが、山の端(は)からその山腹を射る月の光に照し出された辺(あたり)からは大石小石(おおいしこいし)、栄螺(さざえ)のようなの、六尺角(ろくしやくかく)に切出(きりだ)したの、(以下略)〉
 つぎに白水訳。

 〈向こう岸はまた別の山の裾(すそ)で、頂の方は真っ暗だが、山の端(は)からその山腹に射す月の光に照らし出された辺りから下は、一面に大石小石が横たわっている。栄螺(さざえ)のような形のや、六尺角に切り出されたもの、(以下略)〉

 文語文の魅力をよく残し、特に語順に注意を払い、しかも読みやすさが増している。この訳文はたしかにアルコール入りなのだ。惜しいのはタイトルの騒々しさ。せめて「本当に」と「!」は取りたかった。

 『専門図書館探訪』はガイドブック。全国61の特色ある専門図書館をカラー写真入りで紹介しているが、本以外の話題も興味ぶかい。東京の「ポーラ化粧文化情報センター」が例年たくさん受ける質問は「江戸時代の化粧法、髪型は?」だとか、山形県鶴岡市の「慶應義塾大学先端生命科学研究所 からだ館」は資料公開のみならず、がん患者のサロンを月例でひらいているとか。通読できる一冊だ。

 梶村啓二『ボッティチェッリの裏庭』は長篇(ちょうへん)小説。主人公は世界中をとびまわるビジネスマン。親友が事故死し、彼の妻も失踪した(じつは誘拐)、その謎をたったひとり残された9歳の娘とともに解き明かす。謎はどうやらルネサンスの画家、ボッティチェッリにからむらしい……。

 一種のアートミステリーだが、文体はあえて素気ないビジネス文書ふう。それがかえって物語全体をルネサンス的に抑制的な色調にしている。

 たとえば「部屋の隅の天井部分から三十センチほどお辞儀をするように壁紙が剥がれていた」のような一文。三十センチという、ふつうは非文学的とされる形容がいい効果を出している。題材と手法のきれいな一致。=朝日新聞2019年12月8日掲載