エドワード・ホッパーの作品は饒舌(じょうぜつ)である。光と影が強い印象を残す絵はどれも静謐(せいひつ)そのものなのだが、それでいて見る者に一編の物語を語りかけてやまない。その鑑賞は小説を読むのに近いところがあり、しかも物語の展開は各自の想像に任されているから、誰もが語りたくなる、語らずにはいられない。アメリカの当代の人気作家たちがその絵に触発され、短編集が編まれたのもうなずける。
『エドワード・ホッパー 静寂と距離』(青木保著)は、著名な文化人類学者による「不躾(ぶしつけ)で勝手で自由な私なりの、未熟と舌足らずを承知の上で、しかしどうしても書きたかったホッパー論」(本文から)である。著者が未熟で舌足らずであろうはずもないが、ホッパーのあらがいがたい磁力を実によく伝える一節ではある。
「一介の鑑賞者」を任じて、著者は欧米の詩人の評を引き、時に異を唱え、吉田健一の小説にも重ねながら、なぜ自分はホッパーにこれほど惹(ひ)かれるのかを解いていく。まさに著者ならではのホッパー論を味わえる。(福田宏樹)=朝日新聞2020年2月1日掲載