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清野とおるさん「東京怪奇酒」インタビュー 怪奇現場で呑むお酒の味は…異色のグルメ漫画誕生!

怪奇酒はサウナの快感に近い

――清野とおるさんの新作『東京怪奇酒』は、怪奇現場の探訪ルポにグルメ漫画の要素をプラスした、異色の実録コミックです。2018年より情報誌「東京ウォーカー」に連載されている作品ですが、どのような経緯でスタートしたのですか?

 怪奇現場でお酒を呑む「怪奇酒」というコンセプト自体は、以前からあたためていたものなんです。「東京ウォーカー」さんから連載のお話をいただいて、「やるならここしかない」と自分から強く提案しました。打ち合わせにきた担当さんは、別の企画を考えていたみたいで、当初はかなり戸惑っていましたね(笑)。「東京ウォーカー」はグルメ情報が載っている雑誌。『東京怪奇酒』もあわよくばグルメ漫画として、普段僕の漫画をスルーしている方にも読んでもらいたいと思ったんです。その割には、ホラー要素が濃くなってしまいましたが……。

――清野さんは代表作『東京都北区赤羽』でもよく怖い場所、怪しい場所を訪れていますね。清野さんが怪奇現場に惹かれるのはなぜでしょうか。

 刺激が得られるからでしょうね。年齢を重ねるとともに、感情を激しく揺さぶられるような経験って減ってくるじゃないですか。そんな中、唯一興奮できるのが怪奇現場に行くことなんですよ。幽霊が出たとされる場所に足を運んで、その雰囲気を肌で感じることで、フィクションでは得られないドキドキ感を味わえる。未知の世界を覗き込むような恐怖と楽しさが、怪奇現場にはあるんです。

――そこでお酒を呑んでしまおう、という発想が斬新ですよね。ずばり「怪奇酒」の醍醐味とは?

 怪奇現場にいるという怖さと、そこでお酒を呑んでいるという背徳感、お酒の美味しさが混ざり合って、味わったことのない感情が湧いてくるんです。居酒屋やスナックで飲酒するのとはまったく違った言いようのない感情です。それが病みつきになるんですよね(笑)。
 たとえるならサウナの快感に近いのかも。熱いサウナに耐えている陶酔と、水風呂に飛び込む開放感が、同時に訪れているような感じです。怪奇現場から生還して呑むビールの美味さは、サウナ上がりの一杯に匹敵しますし。

怪談のディテールで上がる解像度

――『東京怪奇酒』で清野さんが訪れているのは、東京都内に点在する7つの怪奇現場。冒頭のエピソードで紹介されているのは、清野さんの生活拠点でもある北区赤羽に実在した幽霊マンションです。

 赤羽の居酒屋でたまたま隣合わせた男性から、そういう不気味なマンションがあると聞いたんです。怪談そのものはありふれた内容でしたが、自分がよく知っている町が舞台だと、臨場感が違うんですよね。それから折に触れてマンションを訪ねるようになって、結局数年後に取り壊されるまで通い続けました。

――実際そのマンションでは、奇妙な現象が多発したそうですね。

 赤羽を訪ねてきた友人知人をよく連れていったんですが、体調が悪くなったり、怪しい人影を見たりする人が続出しました。僕自身も映画監督の松江哲明さん、放送作家の竹村武司さんと一緒に、誰もいない部屋のドアがいきなり開くのを目の当たりにしています。僕はオカルト全般に対して半信半疑なんですが、こういうことが続くと針が「信」の側にぐーっと振れる。その瞬間がたまらないんです(笑)。そしてこの怖ろしいマンションでお酒を呑んだらどうなるだろう、とふと思ったのが「怪奇酒」の始まりですね。

――赤羽のマンションに続いて、怪奇現象が頻発する空き地、黒いトンボが飛び交う公園と、怪談の現場を次々訪ねています。情報提供者はどのように探しているのですか?

 もともと知り合いだった人か、編集さんの紹介ですね。今回取材してみて驚いたのは、みんな意外と不思議な経験をしているんだな、ということ。当初は「怪談なんてありません」と言っている人でも、根掘り葉掘り聞いているうちに「そういえば……」と思い出すことがある。世の中にはまだ表に出ていない怪談が眠っているかと思うと、ゾクゾクしてきます。

――怪奇現場の地図や間取り図、写真を駆使して、日常と地続きにあるリアルな怖さを描き出していますね。いつもの清野節炸裂のギャグ漫画であると同時に、心霊ドキュメンタリーとしても秀逸です。

 作中で描かれていることは僕が取材したり、体験したりしたことばかり。多少漫画的な演出はありますが、基本的に実話ですね。作品を描くうえで重視したのは、怪談のディテールです。幽霊が着ていた服は何色か、髪の長さはどのくらいか、時間は何時だったのか。あくまで個人的な好みですが、そうしたディテールがはっきりしている方が、怪談として面白いだろうと思うんです。この連載ではプライバシーに配慮しつつ、できるだけ怪談の「解像度」を上げるように意識しました。

――本編に入りきらなかった情報はコラムで補うなど、細部へのこだわりが徹底しています。その一方で、缶チューハイや缶ビール、焼き鳥の美味しさもたっぷり語られていて、B級グルメ漫画としても楽しめました。

 読み返してみると、焼き鳥ばかり食べていますね(笑)。欲を言えばもう少しグルメ要素を濃くしたかったですが、全体的には「こんなホラー漫画が読みたい」と常々思っていた作品になっていると思います。ギャグなのかホラーなのかよく分からないけど、結果としてなんだか怖い。そんな漫画を読んでみたかったんです。

――その他にも、老婆の霊が出現した木造アパートや、生首が転がっていた路地などの怪奇現場を訪れていますが、特に印象に残ったスポットはどこですか?

 この漫画の担当さんが「幻の大仏」を目撃したという、都内の某公園ですね。あまりにもはっきり見えたので、担当さんは大仏が存在しないという事実を知って、しばらくパニックになったそうです。僕も何度か行ってみましたが、とても気持ちのいい公園なんですよ。空気が澄んでいるし、木々も都内とは思えないくらい元気に茂っていて。担当さんが目にした幻の大仏も、悪いものではないんだろうなという気がしています。

 それと、話が長くなるので漫画では描かなかったんですが、僕もこの公園で妙な写真を撮っているんですよ(と言いながら、スマホを取り出す清野さん)。これを見てください。

――夜の公園がオレンジ色に発光していますね。木々の向こうがライトアップされているようにも見えますが。

 ですよね。でもこの写真を撮ったのは夜の11時くらいで、あたりは真っ暗だったんですよ。ライトアップはされていませんでした。光源になるものはないはずなんです。偶然なのかもしれませんが、担当さんが大仏を目にした場所で、こんな写真が撮れたのは面白いなと思います。

怪談より迷子になるのが怖かった

――うーむ、これまでの作品を読んでいても思いますが、清野さんは不思議な人やものを呼び込みやすいタイプですよね。

 いわゆる霊感体質ではないですけどね。お化けをはっきり見たこともありませんし。ただ直感みたいなものは、なるべく信頼するようにしていますね。といってもスピリチュアルな話ではなくて、「この人は良い人だな」とか「この場所は気持ちが悪いな」と感じたら、それに従って行動する。その結果、今日まで無事に生きてこられた。これは生き物としての防衛本能に近いものだと思います。

――そんな清野さんが、怪談や超常現象に惹かれるようになったきっかけは?

 怖いものは小さい頃から好きでした。原体験として覚えているのは、小学生の頃に読んだ楳図かずお先生の『漂流教室』です。当時通っていた学童保育の本棚に置いてあったんですよ。怖くて目を背けたいのに続きが気になって……。怖いもの見たさという感情を初めて味わいました。
 その学童保育にはなぜかオカルト雑誌「ムー」のバックナンバーも並んでいて、それも夢中になって読みましたね。巻頭のグラビアページに、座禅したまま空を飛ぶお坊さんの写真が載っていたことを覚えています(笑)。僕が子供だった1980年代、90年代は心霊現象やUFOを扱ったテレビ番組もよく放送されていたので、そうした文化の洗礼も受けています。

――子供の頃は何が一番怖かったですか?

 オカルトからは離れますが、迷子になるのが怖かった。外出しても、両親が常に視界に入っていなければ不安でした。大人になった今なら、迷っても自力で帰宅できますが、当時はそんな知恵も手段もありませんでしたから。「出先で両親とはぐれたら死ぬ!」と本気で思っていました。
 夜眠っている間に何が起こっているのか、分からないのも不安でした。子供は眠りが深いので、目をつぶったらすぐ朝になっているじゃないですか。あの空白の時間が怖ろしくて。一度頑張って起きていたことがあるんですが、家中がシーンと寝静まっている中、ひとりで目を覚ましている状況がまた怖かった。40歳も近くなってしまうと、なかなかああいう怖さを味わうことができません。淋しいです。

怪奇酒は死者を馬鹿にしない

――『東京怪奇酒』から感じるのは、清野さんの旺盛な好奇心です。それは『東京都北区赤羽』など、他の清野作品とも共通していますよね。

 そうですね。『東京都北区赤羽』では赤羽の妙な人々が好奇心の対象ですが、『東京怪奇酒』ではそれが幽霊に向いています。気になったらグイグイと距離を詰めていく、というスタンスは同じだと思います。
 僕は一度でいいので、幽霊をはっきりと見てみたいんです。もし幽霊がいると実感できれば、人の死をポジティブに受け入れられるとも思うんですよね。家族が死んでも心穏やかでいられるし、お墓参りをちゃんとしようとも思える。幽霊への好奇心には、そういう面もありますね。

――怪奇現場でお酒は呑んでも、決して死者を馬鹿にはしない。そのバランス感覚も絶妙だなあと思いました。

 馬鹿にしていると思われても仕方がないですけどね。焼身自殺のあったマンション二階の部屋で、焼酎の二階堂を呑んだりしているわけですから。でも、お化けを挑発するつもりは全然ありません。漫画なのでここまでやらせてください、と心の中で頭を下げつつ、出てきてくれたら一杯酌み交わしたいなと毎回思っています。

――お化けと怪奇酒ですか、いいですね。はたして清野さんが、本物の幽霊を目撃する日は訪れるのか。「東京ウォーカー」での連載はまだまだ続くようですし、今後の展開に期待しています。

 実は以前一度だけ、「あれって幽霊だったんじゃないか」という体験をしたことがあります。「東京ウォーカー」の連載では、そのとっておきのエピソードを今後描くつもりです。赤羽の幽霊マンションについても面白い後日談があるので、そのうち公開したいですね。
 怪奇現場で飲酒するなんて不謹慎だ、と叱られるかと思っていましたが、今のところ好評のようでほっとしています。自分でも手応えを感じている作品なので、これからも感情を激しく揺さぶりながら、色んな怪奇酒を楽しんでいきたいと思っています。