「あの小説をたべたい」は、好書好日編集部が小説に登場するごはんやおやつを料理し、食べることで、その物語のエッセンスを取り込み、小説の世界観を皆さんと共有する記録です。
今回は、谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』の世界へ。
猫のリリーを溺愛する庄造。リリーに嫉妬する妻、福子。リリーを譲ってほしいという元妻、品子。リリーを巡るおかしな三角関係を描いた物語です。
「愛憎」を食べる
庄造のリリーへの溺愛っぷりを象徴するように出てくる晩ご飯のおかずが、小鰺の二杯酢。
元妻の品子から「リリーを譲ってほしい」という手紙が来てからというもの、それまでリリーを可愛がっていたはずの福子の気持ちに変化が訪れます。庄造が小鰺の二杯酢を手にリリーと戯れる姿がだんだんと憎らしくなってくるのです。
一匹やっては一杯飲んで、「リリー」と呼びながら次の一匹を摘まみ上げる。……あとはスッパスッパ二杯酢の汁をしゃぶるだけで、身はみんなくれてやってしまう。
庄造は福子が小鰺の二杯酢が嫌いだといっても、「お前はお前で好きなものを食べて、僕は小鰺が食べたいから自分で料理する」と言い出す始末。とはいえ、亭主を台所に立たせるわけにはいかないと、結局、福子が小鰺の二杯酢をつくる日々が5、6日も続くという“鰺地獄”のまっただ中に、品子からの手紙が届いたのでした。
そんな愛情と憎しみの対象ともなる小鰺の二杯酢に挑戦してみました。物語はまだ鰺が一寸程度と小さい夏の間のことでしたが、この季節にそんなひとくちサイズの鰺は手に入らず、りっぱな大きさの鰺なのはご愛嬌ということで……。
……小さいうちは塩焼にもフライにも都合が悪いので、素焼きにして二杯酢に漬け、笙莪(しょうが)を刻んだのをかけて、骨ごと食べるより仕方がない。
醬油と酢を1:1で合わせる二杯酢は、酸味が強めで三杯酢よりもさっぱり。鰺の二杯酢は、刻みショウガも手伝ってすっきりとした味わいでした。とはいえ、そんな料理を毎晩食べていても、夫婦の間はすっきりさっぱりとはなかなかいかないようです。