対話と素直な気持ちが組織を高めると再認識
スイッチを切り替えるときや、自分の今の悩みを解決したいときなどに本を読みます。『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』は、MBAの教科書にあるような経営学と、経営の最前線で得られる知見とに大きなギャップがあるという観点から、クリエーションやイノベーションが生まれる条件や組織のあり方について分析しています。特に注目したのは、「組織の学習効果やパフォーマンスを高める上で重要なのは、組織のメンバーが全員同じことを知っていることではなく、他のメンバーの誰が何を知っているのかを知っておくこと。そのためには異なる部署の人たちが肩肘張らずにフェース・トゥー・フェースで対話できる環境が必要」という内容です。自分が常日頃から感じていたことで、社員が能力を発揮するために垣根のない環境づくりに努めてきたので、やはりそうかと思いました。著者の入山章栄さんはアメリカのビジネススクールで教えた経験も持つ気鋭の経営学者で、講演も聴きました。最先端の経営学をやさしく話してくださる方でしたが、本書もわかりやすくて納得感があり、何度も読み返しています。
『右脳思考 ロジカルシンキングの限界を超える 観・感・勘のススメ』も、やはりそうかと思って読んだ本です。共感したのは、ロジックも大切だが、それ以上に「やりたい、面白そう、やらないとまずい」といった素直な気持ちや、経験則に基づく直感が人や物事を動かすという指摘です。経営における私の素直な気持ちは、「企業活動を通して社会に貢献したい」ということ。全社員のチャレンジのベクトルをそこに向けていくのが自分の役割だと思っています。
また本書は、直感を理論的に通用するものにできるかどうか、説得するストーリーを持てるかどうかがカギだとも書いています。その点で重視しているのがSDGsの取り組みです。お菓子やアイスを扱う会社としては、「食の安全・安心」「食と健康」「環境」「持続可能な調達」「従業員の能力発揮」の5項目を重要課題として掲げています。『ビジネスパーソンのためのSDGsの教科書』(日経BP社)は、事業を通じた社会貢献の道筋を探る上でとても参考になりました。書名の通り、教科書代わりにしています。
様々な読書体験が組織づくりの糧に
『百花』は、今をときめくコンテンツメーカー、川村元気さんの最新作です。2018年、ロッテ創業70周年記念アニメーションの企画・プロデュースをお願いしたご縁もあってこの小説を手に取りました。川村さんは若い世代の心をつかむ感性に優れた方ですが、本書は意外にも私にとって身近なものでした。認知症の母親を持つ息子が、進行していく母親の症状と、過去のある出来事と向き合っていく物語です。記憶をめぐる悲しくも美しい結末にじんときました。私の境遇も近いところがあり、今後のことを考えさせられましたし、忙しさの中でなかなか振り返ることができなかった母との思い出をたぐるきっかけにもなりました。
時代小説も好きで、いちばん読んでいるのは藤沢周平の作品。一介の武士のささやかな日常の物語に惹(ひ)かれます。1作品を挙げるなら、叙情あふれる『蝉しぐれ』でしょうか。この主人公も一介の武士で、父親が無念の死を遂げた後、長く不遇の時期を過ごします。それに耐え、多くを望むことなく日々研鑽(けんさん)を積んで、友との絆を育み、最後には苦労が報われる。主人公の生き様をサラリーマンの人生に重ねて読むと、一層味わい深いものがあります。自分が長く一介のサラリーマンだったからでしょう。戦国武将の派手な立身出世ものよりずっと好きですね。
自身の読書遍歴をさかのぼると、リトルリーグに所属する野球少年の当時、夢中で読んだのが、野球マンガ『キャプテン』です。主人公の谷口タカオは、野球の名門校から転校してきた中学生。名門校で2軍の補欠だったことを新しいチームメートに言いそびれた谷口少年は、周囲の期待に応えるべく陰で猛特訓。ついにはキャプテンから次期キャプテンに指名され、チームを引っ張っていきます。私が特に好きだったキャラクターは、小柄ながら実力と実行力があり、上級生に媚びないイガラシ。彼が生意気を言うのは、ひとえにチームを強くするため。自分もイガラシのような人間になりたいと思いましたし、今はイガラシのような社員がたくさん欲しいと思います。社内でも、「上司や役員への忖度(そんたく)は無用。率直に意見しなさい」と言っています。『キャプテン』は私の組織づくりの原点であり理想とも言えますね。(談)
牛膓栄一さんの経営論
創業70周年を迎えた2018年、ロッテ、ロッテ商事、ロッテアイスの3社が合併し、新たなスタートを切りました。新しい経営体制にかける思い、その経営戦略とは、どのようなものなのでしょうか。
「個」の力を育み挑戦する会社へ
2018年4月1日、ロッテ(菓子とアイスの製造)、ロッテ商事(菓子の販売)、ロッテアイス(アイスの販売)の3社が合併。創業70周年を迎えた節目に新会社としてロッテが誕生した。新しい経営体制をけん引する牛膓栄一さんは、ロッテ商事で長く営業を務めた生え抜きのリーダーだ。
「消費者のニーズが多様化し、激しく変化する中では、製造から販売までを一気通貫で行うのが会社のあるべき姿であり、迅速な意思決定と事業競争力を高めるために、統合に至りました。統合を好機として従業員の意識改革も進めています。自由闊達に議論する、失敗を恐れずチャレンジする、個の力を育む、この三つに重点を置いた組織づくりに取り組んでいます」
成長戦略としては、5000億円の売上高を目標に掲げる。主力ブランドを中心に営業利益も500 億円に引き上げることを目指す。また、現在は約10%程度の海外売上比率を、20%あるいはそれ以上に高めたいとしている。
「会社としての社会的価値の向上にも全力で取り組んでいます。2018年11月にはESG(環境・社会・ガバナンス)中期目標を設定。SDGsなど外部のイニシアチブに貢献できるように、意欲的な目標を掲げました。例えば、食品企業として正面から取り組むべき『食品ロスの削減』については、SDGsが目指す2030年までに半減させるという目標を2年前倒し、2028年までに達成する目標としました」
“噛むこと”の効果を発信
近年は、人々の健康志向や高齢化に適応する商品が次々にヒット。また、創業以来ガムを作り続けてきた会社として「噛(か)むことと健康」を追求し続けている。
「医学や科学の進歩によって“噛むこと”がもたらす意外な効果が次々と明らかになっています。その効果を広めるべく、歯学、スポーツ科学、栄養学など様々な分野の研究者の知見を集める『噛むこと研究部』を設置。例えば、『ガムをかんで歩くとカロリー消費が高まる』というエビデンスをもとにスポーツ用品メーカーと組んでスポーツメソッドを開発したり、千葉ロッテマリーンズの選手一人ひとりの“噛む力”を測定し、それぞれに合ったガムを作って提供したりと、ユニークな試みを始めています」
主力ブランドのリーダーに若手を起用するなど「チャレンジ」を奨励。チャレンジは牛膓社長の信条でもあるという。
「若い頃は、創業者である重光武雄さん(元名誉会長・故人)に怒られてばかりでした。でもある時、重光さんが自身の歩みを語り始め、『せっかく入った会社だ。何かを残して卒業しろ』と言ってくれて。自分への期待と受け取り、感激しました。この時の会話は今も私の宝となっています。会社の社会貢献を実りあるものにすることが私の使命であり“残すべき何か”だと思っています」
*本記事は、2019年9月30日朝日新聞に掲載したものを一部加筆修正したものです。