まだバブルの残り香が漂っていた1990年代前半、「漫画アクション」(双葉社)で連載していた『形式結婚』(柳沢きみお)をご存じだろうか?
高校時代の悲惨な体験から、女性器を想像するだけで吐き気をもよおす体質になった27歳童貞の要石(かなめいし)。職場の同性愛者疑惑を打ち消すため、親に見合い結婚を強いられていた男性恐怖症の美女・香織と「形式結婚」する。きちんと結婚式を挙げ、一緒に暮らしながらも、単なるルームメイトで指一本触れない関係だ。さらに不感症、短小、EDなど性に関する悩みを抱えた男女が次々と登場し、勢いに任せてストーリーはどんどん脱線。いつしか要石の女性器恐怖症などどうでも良くなり、毎回雑多な性のウンチクや作者の持論が延々と語られる怪作になってしまう。ところが、これがやけに面白く、単行本全25巻という長期連載となったのだった。
愛のない結婚ということでは、昨年から「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で始まった『夏目アラタの結婚』(乃木坂太郎)も共通している。もっとも気楽に寝転がって読める『形式結婚』とは正反対で、手に汗握る緊迫感あふれるサスペンスだ。
児童相談所職員の夏目アラタは、担当児童の卓斗から「父を殺した死刑囚に自分の代わりに面会してほしい」と頼まれる。卓斗はまだ見つかっていない父の遺体の一部(首)のありかを聞き出すため、30代のアラタのふりをして死刑囚と文通していたのだ。3人の男を殺してバラバラにした連続殺人鬼は品川真珠(しんじゅ)という21歳の女。アラタをひと目見て立ち去ろうとした真珠を引き止めるため、アラタはとっさにプロポーズしてしまう!
何といっても強烈なのは真珠のキャラクターだろう。ガッタガタの歯並び、そのときどきで大きく上下する体重、醜い老婆から可憐な少女まで目まぐるしく変わる表情、そして悪魔のように鋭い洞察力(小学生時代より知能指数が30以上も上がったという)。常人の理解を絶するモンスターでありながら無垢な可愛らしさと魔性の魅力も持っている。勾留中の連続殺人鬼という設定も含め、マンガ史上で前例がない“コワ可愛い”ヒロインだ。
拘置所のアクリル板を挟み、お互いに本音は隠しつつ相手から「真実」を引き出そうとする駆け引きは実にスリリング。その中でも明らかにされないふたりの心理も気になる。真珠はアラタが手紙を書いた本人ではなく、遺体のありかを聞き出そうとしていることも察しているにもかかわらず、彼との結婚に異様なまでの執着を見せる。一方でアラタも当初の目的を超えて真珠の内面に踏み込もうと必死になる。それぞれが抱える不思議な感情は何なのか? 7月に発売される第3集で、ふたりはついに獄中結婚し、真珠の控訴審も始まる。ここからの展開はまったく予想できない!
しかし考えてみれば、たいていの男にとって「妻」というのは多かれ少なかれ“怖くて可愛い”存在かもしれないなぁ。