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「完全版 マウス アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語」 ネズミと猫で描くホロコースト

 『完全版 マウス アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』は、ニューヨークで活躍する漫画家アート・スピーゲルマンがポーランド生まれの父親から聞き取った体験を描いたコミックだ。ピュリツァー賞特別賞を受賞し、晶文社から邦訳2冊が出ているが、このたび1冊の完全版として新たに出版された。

 ノンフィクションにもかかわらず、ユダヤ人がネズミ、ナチス(ドイツ人)が猫、ポーランド人が豚の顔で描かれる。描写はリアルで、ユダヤ人迫害が次第に住民の意識に浸透し、エスカレートしていく不気味な緊迫感が読者を引き込む。また、極限状況下や戦後のトラウマに苦しむ人々の人物像も複雑、多面的で、人間の弱さや優しさ、愚かさが突きつけられる。

 「ぼくの本を何かのメッセージに格下げする気はまったくないんだ」と作中の著者は言う。著者の方針で本書には序文もあとがきもないので、著者と親交がある訳者の小野耕世が版元のホームページに載せている解説が理解を深めてくれる。(久田貴志子)=朝日新聞2020年7月18日掲載