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「星に仄めかされて」書評 越境試みる人々が映す近未来像

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2020年08月08日
星に仄めかされて 著者:多和田葉子 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065190296
発売⽇: 2020/05/20
サイズ: 20cm/342p

星に仄(ほの)めかされて [著]多和田葉子

 時代を映す小説である。ドイツ在住の作家多和田葉子の作品は、今日において「母語」とは何か、「国境を越える」とはどういうことかをつねに考えさせる。
 本作は、『地球にちりばめられて』の続編である。主人公のHirukoは、日本らしき国から北欧に留学しているうちに、生まれ育った国がなくなってしまう。とはいえ、この設定から祖国喪失者の孤独をイメージするならば、それは違うだろう。彼女は、スカンジナビアの人ならだいたいわかるという人工語の「パンスカ」を作り、若き言語学者クヌートに励まされ、日本語を話す人を探す旅に出る。その先々で出身国や母語を異にする新たな仲間と出会い、「並んで歩く」ようになる。
 前作の最後で、彼女らは「福井」出身の鮨職人であるSusanooと出会うが、彼が言葉を話すことはなかった。本作では、コペンハーゲンで失語症の治療を受ける彼のところに、再び登場人物たちが集結するのが基本的なストーリーとなる。その途中で各自の記憶が呼び起こされ(ただしそれが真実かはわからない)、一時は緊張感が高まるが、意外な結末についてはここで触れないでおこう。
 登場人物の一人が口にする「消えたか消えなかったかが一番大切なことじゃない。とにかくいろんな人を訪ね、そして尋ねてみることだな。そのために彼女は遠い場所で絶えず言葉を生み出している」というセリフが印象的だ。彼ら彼女らは本書の中で移動を繰り返すが、その多くはヒッチハイクである。飛行機を中心とする交通手段が混乱し、国際的物流が遮断されている本書の世界は、あたかもコロナ禍の現在を予言するかのようである。
 『古事記』を思わせる主人公たちの名前がいろいろな想像を生む。国境、言語、性、家族、恋愛の結びつきから自由になろうとする人々による、魅力的な近未来社会の像がそこにある。
    ◇
 たわだ・ようこ 1960年生まれ。小説家、詩人。『献灯使』で全米図書賞翻訳文学部門を受賞。2019年度朝日賞。