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ホラーの陰に実話あり! 幻の名著「屍衣の花嫁」など怪奇実話&小説5冊

文:朝宮運河

 英米怪奇小説翻訳・紹介の先駆者として、昨今再評価の機運が高まっている平井呈一(1902~1976)。彼が編訳した幻の名作アンソロジーが『世界怪奇実話集 屍衣の花嫁』(創元推理文庫)として約60年ぶりによみがえった。
 幽霊の出る屋敷の話、夜道をさまよう首なし女の話など、怖ろしくもどこか古風な怪奇実話の数々は、平井による達意の訳文も手伝って、屈指の怪談大国イギリスの闇の豊かさをあらためて教えてくれる。
 怪談文化の豊かさではわが国も負けてはいない。東雅夫編『日本怪奇実話集 亡者会』(同)は、『屍衣の花嫁』と一対をなす日本版怪奇実話アンソロジーだ(2冊まとめて「東西怪奇実話」というタイトルが付けられている)。怪談を知り尽くした名手・田中貢太郎のルポルタージュを筆頭に、小泉八雲、泉鏡花、芥川龍之介ら名だたる書き手の怪奇実話がずらりと並ぶ。何気なく言及される実在の人名・地名から、実話ならではの迫力が静かに立ちのぼってきた。
 岡本綺堂の未収録作など、あっと驚くレア作が多数掲載されているのもポイント。東西怪奇実話の読み比べだけでなく、時代を超えた凄腕アンソロジストの競演も楽しめる2冊なのだ。往年の創元推理文庫を思い起こさせる、カバーの〈帆船マーク〉も心憎い趣向。

 ミステリやSFとは異なり、ホラーでは実話とフィクションの境界線が曖昧である。『日本怪奇実話集』に橘外男の実話風フィクション「蒲団」が違和感なく収まっていたことからも、それは明らかだろう。
 三津田信三はこのホラーの特徴に注目し、リアルな手ざわりの怪奇小説を書き継いでいる作家。最新作『逢魔宿り』(KADOKAWA)収録作もすべて、著者が実際に見聞きした怪談を小説化した、という体裁をとっている。
 結界が張られた日本家屋での恐怖を描いた「お籠りの家」、子どもの絵画に秘められた力が暗示される「予告画」、祖母の代理で法事に出かけた大学生が何かに魅入られる「よびにくるもの」など、いずれもハイクオリティな全5編。個人的には、新興宗教団体の見回り警備という珍しい題材を扱った「某施設の夜警」がいちばん怖かった。奇怪なオブジェや彫像が並ぶ深夜の施設内を、はたはたと歩きまわる謎の足音。生活のために警備員をやめられない、という状況が恐怖を倍増させている。虚実の境がいっそう曖昧になる表題作「逢魔宿り」の薄気味悪さも出色だ。
 コンスタントに純度の高い怪奇小説を発表し、しかもそれで読者の支持を得ている著者は、ホラー界にとって実に頼もしい存在である。

 『海の怪』(集英社)は、『リング』『らせん』の著者・鈴木光司が、海にまつわる恐怖・怪奇を綴ったユニークなエッセイ集。「海に乗り出すため」に作家を目指し、夢を叶えた後は自ら所有するヨットで内外の海を航海している著者ならでは一冊である。
「板子一枚下は地獄」と言われる海の上において、幽霊より怖ろしいのは、誰にでも突然降りかかる死であるようだ。経験豊富な船乗りがわずかな時間のうちにヨットから姿を消していた、というエピソードが一読忘れがたい。水浴びをしていて、不意の高波にさらわれたらしいのだ。そんな厳しい世界だけに、時おり差し挟まれる幽霊譚にはほっとさせられる。驚いたのは、映画にもなった著者の小説『仄暗い水の底から』が実話をもとにしているという記述。まさかあのエレベーターと貯水槽のくだりが、著者の体験談であったとは……。
 水と怪異の関係を探る貴重な試みとして、シリーズ化を望みたい。

 『小説真景累ヶ淵』(古今亭菊之丞監修、二見書房)は、名作古典落語に新たな命を吹きこむシリーズの第1巻。「牡丹灯籠」とならぶ三遊亭円朝の代表作「真景累ヶ淵」を、気鋭の時代作家・奥山景布子が小説化したものだ。円朝の原作はかなりの長編であり、今日通しで聴くことはなかなか難しい。また人間関係が複雑に入り組んでいるため、速記本で読んでもストーリーがやや掴みにくいのが正直なところだ。
 その点、この奥山版は分かりやすい。エピソードが整理され、登場人物の心理も補われているため、一編の時代小説を読むように、壮大な怪異と因縁の世界に浸りきることができた。
 不実な男・新吉に裏切られ、醜い姿となって死んだ妻・豊志賀の祟りか、新吉と結ばれた女たちは次々と不幸に見舞われてゆく。これは歌舞伎でもおなじみの「累物」と呼ばれる物語のパターンだが、原点となっているのは下総国羽生村で実際に起こったとされる怨霊事件。ここでも実話が顔を覗かせる。
 フィクションだからとゆめゆめ気を抜けないのが、ホラーの怖さであり面白さだろう。