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「パンデミックの物語」本でひもとく 力と欲望に支配させぬために 法政大学教授・犬塚元さん

独フランクフルトの空港内に設けられた新型コロナウイルスの検査ルーム=7月

 非常時の助けあいを論じたレベッカ・ソルニット『定本 災害ユートピア』(亜紀書房・2860円)は、3・11の後、示唆的だった。エリートパニックの議論は、このパンデミック下でも一読の価値がある。一般人はパニックに陥ると思い込むエリートたちの不適切な言動は、今回も様々に観察されたからだ。

 しかし、「災害ユートピア」は生まれなかった。感染防止で人との関わりやつながりはむしろ避けられ、感染者や医療従事者への差別や攻撃も目立った。

虚構が示す課題

 対照的に、感染症を扱う小説や映画はディストピアを描いてきた。ソルニットは、紋切り型のフィクションが私たちの想像力を狭めてきたと断じた。だが、パンデミックの物語は、私たちの経験を再考する手がかりにもできる。カミュやデフォーや小松左京は度々紹介されたので、ここでは他の作品からパンデミックの描かれ方を類型化しよう。虚構世界からは、現実の様々な課題が浮かび上がる。

 多くの物語に観察できる第1の要素は、個人の自由や尊厳の破壊という筋書きだ。検疫や隔離が対策の基本だからだ。

 ノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの『白の闇』では、視界が白く失われた感染者は強制隔離されて、放置される。感染者は私たちを脅かす悪という構図は、映画「バイオハザード」や「アイ・アム・レジェンド」のように、感染者がゾンビと化す設定ではさらに当然視される。

 第2は制度やルールの崩壊だ。医療は混乱し、政府は根拠のない楽観論を流す。人びとも、超えてはならない一線を忘れる。『白の闇』でなにより衝撃的なのは、錯乱した感染者集団で人間性が失われて、力と欲望が支配する場面だ。

 パンデミック・ディストピアは戦争として描かれる。映画「FLU 運命の36時間」には、ホロコーストを思わせる場面もある。デマや怪しい情報も広まる。映画「コンテイジョン」に登場する偽特効薬は、8月にうがい薬が推奨された際にはSNSで話題になった。

公平性の確保を

 第3に、パンデミックは人為的との筋書きがある。今回も一部では、根拠薄弱なまま生物兵器説が主張されたが、そうした空想を満たす物語は多い。

 マーガレット・アトウッド『オリクスとクレイク』は、その代表だろう。改造した人類だけを残すため仕組まれた「水なし洪水」(疫病)の物語だ。

 本作に始まる黙示録の連作は、生命工学による社会改造を描いたオルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(ハヤカワepi文庫・880円)の系譜のディストピア小説だ。他方で『侍女の物語』(同・1320円)に続く連作は、ディストピア論のもう一つの源流、ジョージ・オーウェル『一九八四年』(同・946円)を受け継ぐ管理社会の物語だ。

 昔の映画「アウトブレイク」では、国家が生物兵器を開発した。だが『オリクスとクレイク』でウイルスを製造するのはグローバル企業だ。加えてAI支配を描く物語もあり、権力の今のありかが示唆される。

 人為による感染という点では、吉村昭『破船』も示唆的だ。世界で読まれてきた。

 貧しい漁村は、座礁船を襲撃してなんとか生きている。しきたりや同調圧力を内面化した村人は共に行動し、略奪品から次々に天然痘に感染する。生計のために感染した村人を私たちは笑えるだろうか。

 ダニエル・ドレズナー『ゾンビ襲来』(白水社・2200円)やナオミ・ザック『災害の倫理』(勁草書房・3520円)は感染症の物語を素材にした学術書だ。非常時こそ公平性が必要というザックの指摘は、検査体制や経済振興策を検討するよすがとなる。=朝日新聞2020年11月7日掲載