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「仕事って何?」本でひもとく 変わる世界で働く意味を探る 東京大学教授・本田由紀さん

新型コロナの感染拡大で、子どもの体温を測る学童保育のスタッフ(右)=4月、大阪市内で

 仕事って何だろう? 星の数ほどの考察や研究やマニュアルが世に溢(あふ)れているにもかかわらず、この問いは今なお捉えどころがない。そして知りたいのは「べき論」ではなく、個々の具体的な仕事の独特な実態だ。そう思っているうちに、瞬く間に世界に広がったコロナ禍は、それぞれの仕事の日々を大きく変えた。多くは打撃という形で。

 『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』は、77人の様々な仕事の従事者が、2020年4月に書いた日記を収録している。「売る」「運ぶ」「添う」などの多様な営みに力を注いできた人々が、緊急事態宣言下で感じた不安、制約、怒り、そして小さな発見や喜びがつづられている。

 それぞれの記述から、コロナ禍が世界に何をもたらしたかが読み取れる。たとえば、段ボールの注文の種類や量の変化から。収集されるごみの出し方から。そして、内臓の中心から発せられたような言葉が重い。「頑張るって、何を? 誇りを汚され続けることをか?」(ピアノ講師)。「地味なことは打たれ強い」(惣菜店店主)。感染の恐怖と政府の無策の中で、それぞれが苦悶(くもん)し、切り抜ける道を探っている。

不効率な経営で

 無数の仕事の中でコロナ禍が浮かび上がらせたのは、いわゆる「エッセンシャル・ワーカー」の重要性だ。人々の生命や生活を成り立たせるために不可欠な、ケアや物資の流通にかかわる仕事のことだ。ではその対極にあるものは何か。

 先日急逝し悲嘆の声が寄せられたデヴィッド・グレーバーは、『ブルシット・ジョブ』つまり「クソどうでもいい仕事」を書名に掲げる。これはいわゆる「使い捨て」の仕事のことではない。多くは大きな組織の中にある安定的な仕事で、賃金は総じて高い。にもかかわらず、徹底的に無意味な仕事のことだ。彼が挙げる主要な5類型を平易に言い換えるなら、(1)誰かに媚(こ)びへつらうだけの仕事、(2)誰かを脅したり騙(だま)したりする仕事、(3)組織の欠陥を取り繕う仕事、(4)形式的な書類をつくるだけの仕事、(5)誰かに仕事を割り振るだけの仕事、となるだろうか。これらの社会的価値の産出率を試算すれば「エッセンシャル・ワーク」にはるかに劣る。

 このような「ブルシット・ジョブ」が増大している重要な原因は、富裕国における「経営封建制」の不効率さにある、とグレーバーは述べる。日本はその典型だろう。一方では社会的に重要な意味があるにもかかわらず往々にして過酷で収入が低い仕事があり、他方には徹底的に無意味であるのに相対的に高収入な仕事があるという、不毛な分極化の構造。それをどう再編するかという問題に、コロナ後の世界は真剣にかつ急いで取り組まなければならないはずだ。

「2つのジリツ」

 ただしかし、コロナのことだけを考えていても息が詰まる。それがもたらす変化を捉えなおすためにも、もうすこし時空を広げて、仕事の諸相を吟味しておくことも有益だろう。特に、これから仕事に就こうとする若い人たちには、そのリアリティーを伝える素材が必要だ。『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』は、古今東西の映画を糸口として、「新規学卒労働市場」「昇進」「転職」「起業」「労働問題」「格差」などの主題をわかりやすく解説している。結語で説かれるのは、「2つのジリツ」(自立と自律)の難しさと重要性、そして「意味づける」ことの重要性である。大きく変化してゆく世界の中で、失望、強制、喪失に出会うリスクは高まる。その時に、仕事に、そして人生に、何らかの――にせものではない――意味を見いだしていってほしい、という著者らの呼び掛けは、胸に響く。

 仕事って何だろう? あなたの答えは何ですか?=朝日新聞2020年10月31日掲載