日本屈指の“ヤバい”ラッパー
リスナーもプレーヤーも認める日本屈指の“ヤバい”ラッパー・BESのキャリアは波乱万丈だ。まずA-THUG、STICKY、bay4k、MANNY、SEEDA、I-DeAらが所属するSCARSのメンバーとして2000年代半ばに頭角を表した。彼らはそれまで日本のヒップホップでトピックにならなかった、街角に立つ“ハスラー(売人)”たちのあけすけな心情やディテールをラップに落とし込んで、(当時はまだ小さかったがその分濃縮されていた)日本のヒップホップシーンに大きな衝撃を与えた。
BES個人としても、オリジナリティの高いフロウと抜群のスキルで、MCバトルのシーンに大きな爪痕を残す。さらにYODELらとのユニットSWANKY SWIPEのアルバム「Bunks Marmalade」、ソロアルバム「REBUILD」も非常に高く評価された。だが09年から11年と、14年から16年に二度の服役を経験。キャリアの絶頂期に突入するはずだった期間を塀の中で過ごした。だがBESはそこからコンスタントに音楽制作を続け、つどつどの感情をラップで表現する。16年に「UNTITLED」、17年に「THE KISS OF LIFE」、18年には「CONVECTION」に加え、ISSUGIとジョイントアルバム「VIRIDIAN SHOOT」も発表。音楽にフォーカスすることで、なんとかキャリアと人生を立て直した。今回はそんなBESが獄中で読んだ本を紹介する。
収監中は週2〜3冊読んだ
「学生の頃は本を読むのが好きだったんですよ。通ってた学習塾の図書室にあった本を読み漁ったり。国語も得意でした。でも中学でヒップホップにハマってからはそんなに読まなくなりましたね。先輩からは『ラッパーなら本を読め』って言われてたんですよ。けど、『人の言ってることを知識として身につけてもしょうがないでしょ。自分のことじゃないしいいや』って。
でも09年に捕まった時からまた本を読み始めるようになって。今日持ってきた本は全部その時読みました。俺が行った拘置所は新しい建物だったから雰囲気が機械的で、しかも全員独居(房)なので誰とも喋らずずっと独りでいたら頭おかしくなりそうになっちゃって。それで外にいる仲間に本を差し入れてもらって、週2〜3冊くらいのペースで読んでました。特に取り調べがない土日は1日1冊くらいのペースで読んでましたね」
逮捕されるとまず、警察署内の留置場に拘留され警察と検事の取り調べを受ける。その後、起訴されると拘置所へ移送。この時、許可された場合は一時的に釈放される。のちに裁判で実刑判決が下ると刑務所に行くことになる。BESは裁判まで罪を認めなかったため、保釈もなく留置場に約2カ月、拘置所にも約3カ月に拘留されていた。
伊坂幸太郎「陽気なギャングが地球を回す」
「(収監中の読書は)気が紛れるんですよ。あと情景が浮かぶ。それを楽しむというか。それで当時の彼女に、なんでも良いから面白そうな本を適当に見繕って送ってほしいって頼みました。本の差し入れは1日3冊まで。でも次の日とかに日にちをズラせばまた3冊受け取れる。だから外に出る頃には私物が本だらけになってました(笑)。
彼女が送ってくれた中で好きだったのが『陽気なギャングが地球を回す』。この人(伊坂幸太郎)の本はいろんな目線の話があって、それが分散したり統合したりするのが面白い。単純に楽しいから好きです」
村上早人「モンタナ・ジョー」
「これはSTICKYが差し入れてくれました。衛藤健ことモンタナ・ジョーという、シカゴに実在した日系マフィアのノンフィクションです。日本でいう博徒ですね。最初は季節労働者たちのゲームだったんですが、アメリカを行ったり来たりする電車の中で小さく切ったスポンジ1個と3つのキャップを使って賭博をやってたんですよ。どのキャップにスポンジが入ってるかって。そのあと賭場で働くようになって、マフィアに認められて。徐々に出世して自分のファミリーを持つんだけど、敵に命を狙われて家族を守るためにFBIの証人保護プログラムに入るっていう」
イタリア人ではなかったジョーは、別のマフィアから命を狙われた。証人保護プログラムに入った後、ジョーは黒マントに黒頭巾という姿で公聴会に出席した。その後、彼の証言で数々のイタリアマフィアが壊滅した。
「STICKYとはSEEDAを通じて知り合いました。最初は怖かったですよ。話さなかったし(笑)。でも俺もSCARSに入れてもらって。曲も全然なかった頃、みんなで大阪にライブしに行ったことがあるんですよ。金にならなかったけど、みんなで交代で運転したりして。そういう中でどんどん仲良くなりました。あの頃、楽しかったですよ」
BES曰く塀の中の暮らしは、外に面倒見のいい仲間がいるか否かで大きく変わるという。
「俺なんかもいろんな人に本を差し入れてもらってたけど、そういうのが全然ない人もいるんですよ。その格差がすごい。よく覚えてるのは、拘置所の独房の壁にフルーツとかいろんな缶詰を積み上げてたおじいちゃん。しかも全然開けてない。甘いものなんて全然食べれないから羨ましかったですね。くんねえかなって思ってました(笑)」
ジェフリー・ディーヴァー「ヘルズ・キッチン」
「この本はONE-LAWが差し入れてくれました。ニューヨークのマンハッタンにあるヘルズ・キッチンという地区を舞台にしたサスペンスですね。日雇い労働者と博打と酒が蔓延してるところで育った子たちの話。結構エグい描写も多いです。
この本には刑務所で男が男にレイプされるシーンがあるんですよ。実は俺が中にいる時、おっさん同士で……ってことがあって。それはレイプじゃないんですけどね。だからめちゃくちゃに生々しいというか、超印象に残った本なんです(笑)」
「浮つかないようペンを走らす」
さまざまな経験を経たBESはもう二度と刑務所に行きたくないと語る。
「ファーストアルバムを出したちょっと後に捕まって。30代は6年くらい空白がある。中でもリリックを書いてたから、出てきてビートに乗せてみたけどなんか違った。乗るは乗るけど字余りがあったり。あと(塀の中で書いたリリックを出所して)実際にラップしてみると『何言ってるんだろう、俺?』ってなっちゃう。だから最初は大変でしたね。ラップも全然書けなかった」
そこからBESが葛藤を抱えながらも制作に邁進していったのは前述の通り。2020年は、7月にISSUGIとのジョイントアルバム「Purple Ability」、9月にフルアルバム「LIVE IN TOKYO」、11月に新曲を含むI-DeAとのミックス音源「BES ILL LOUNGE Part 3 Mixed by I-DeA」を発表している。
クリーンになった現在のBESを象徴するかのような楽曲「明日への鍵」にこんなリリックがある。「時間ください/借りは必ず返す/ヴァースで表現/俺なりのアンサー/やることやればなんとかなる/浮つかないようペンを走らす」