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太田愛「彼らは世界にはなればなれに立っている」書評 不穏さと絶望の寓話 ここにも

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2020年12月05日
彼らは世界にはなればなれに立っている 著者:太田愛 出版社:KADOKAWA ジャンル:小説

ISBN: 9784041095652
発売⽇: 2020/10/30
サイズ: 20cm/365p

彼らは世界にはなればなれに立っている [著]太田愛

 著者は、『天上の葦(あし)』をはじめ、権力による犯罪に翻弄(ほんろう)され時に抹殺される市井の人々と、その悪を暴く懸命な努力を描いてきた。緻密(ちみつ)に構成されるミステリーのファンは数多く、私もそのひとりである。
 その著者による本書は、これまでの著作とは大きく趣を変え、ファンタジーの形をとっている。舞台は「塔の地」という国の「始まりの町」。ジブリの作品を思わせる、エキゾチックな、どこにもない町だ。
 物語全体を貫く謎の発端が描かれる第一章の主人公は、トゥーレという名の少年である。彼の母アレンカは刺繍(ししゅう)の才能をもつ美しい女性だが、この町では〈遠くから来て町に住みつき、害をなす者〉とされる「羽虫」のひとりとして差別と嘲(あざけ)りを受けている。その母が突然、姿を消した。
 事件はそれだけではない。この町の個性的な住人たちが、次々に死を迎える。その真相が、第二章以降の各章の主人公たち――なまけ者のマリ、鳥打帽(とりうちぼう)の葉巻屋、窟(いわや)の魔術師――の視点から、薄皮を剥ぐように明らかになってゆく。
 その間に、「塔の地」の中央府は、選挙の廃止、図書館の本の入れ替え、学校での教育内容の変更、「日報」(新聞)への介入など、支配と統制を強めてゆき、ついには他国との戦争を開始する。トゥーレも、その友達のカイも、戦争に向かう。
 もちろん、謎や結末をここで明かすことはできない。読者はおそらく、最初から最後まで物語に濃密に立ち込めている不穏さと絶望に息を詰めて読み続け、やはり「羽虫」の子供である幼いナリクに委ねられた一筋の希望に、最後で深く呼吸することになるだろう。
 そして何よりも、この寓話(ぐうわ)のようなファンタジーを著者が書いた、書かねばならなかった理由に、思いを馳(は)せることになるだろう。どこにもない「塔の地」「始まりの町」はここにある。トゥーレもマリもあなただ。それに気づこう、という著者の囁(ささや)きが、耳をよぎる。
    ◇
おおた・あい 「相棒」などドラマの脚本を手がけ、2012年に『犯罪者 クリミナル』で小説家デビュー。