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「イエスの意味はイエス、それから…」書評 自分の正義は他者にも「誠実」か

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2020年12月05日
イエスの意味はイエス、それから… 著者:カロリン・エムケ 出版社:みすず書房 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784622089469
発売⽇: 2020/10/20
サイズ: 20cm/139p

イエスの意味はイエス、それから… [著]カロリン・エムケ

 難民政策に揺れるドイツで脚光を浴びた『憎しみに抗(あらが)って』でエムケは、「誰もが人間という普遍的『我々』に属すと同時に、かけがえのない個人として独自性を持っている」と私たちに思い出させてくれた。更に「真に多元的な社会に生きることとは、すべての人間が互いの個性を尊重し合うこと」と続け、「不純で多彩なものを支持すること」こそが「憎む者、純粋で一義的なものを偏愛するファナティストをもっとも戸惑わせる」のなら、不純なものを肯定することで現代社会に蔓延(まんえん)する「憎しみ」に抗おうと謳(うた)った。
 続けて翻訳された『なぜならそれは言葉にできるから』には、言葉にできないほどの暴力を受けた人が、なおもその体験を言葉にしようとするとき、いかにしてその主体性を奪うことなく相手を受けとめられるのか探究するエムケの、自他に対する信頼が横たわる。
 #MeToo運動を契機に「性」をめぐる力関係を扱う本書は、朗読パフォーマンスをもとに構成されただけあって、「思索する」エムケの言葉が、つぶやくように書かれている。この形式によって私たちは、「私が基準にそぐわないのではない。逆だ。基準のほうが私にそぐわないのだ」と「囁(ささや)く」エムケを、より近くに感じられる。
 エムケは、「暴力と搾取を可能にする社会構造を打ち破る」ためには、自分の「正義」が、自分や自分たちではない者にとっても「真実であるのみならず、誠実でもある」のか、「疑念」を持ち続けることが必要だと繰り返す。「たとえかつて不安定な社会的立場にいたという事実があろうと」、私たちの誰もが、「決してたったひとつの立場、たったひとつの文脈、たったひとつの権力構造のなかで生きているわけではない」のだから、と。
 イエス、それから……自身を信じることと疑うことによって、よりよい世界を模索する方法をエムケは教えてくれる。
    ◇
Carolin Emcke 1967年生まれ。ジャーナリスト。世界の紛争地を取材。2016年、ドイツ図書流通連盟平和賞。