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野村喜和夫「花冠日乗」 「コロナ散歩」で生まれた詩と音

 野村喜和夫さんの新作詩集『花冠日乗(かかんにちじょう)』は、パンデミックに支配された特異な時代を切り取る作品集だ。散歩と詩作は「一体」だという詩人は、コロナ禍の不安を紛らわすために東京をひた歩く。「コロナ散歩」と名付けた散策は、詩人に思考のインスピレーションをもたらしていく。

 あるときは〈コロナによって私は自分自身を軟禁してしまったので/いや、主客を入れ替えよう/コロナが私を軟禁してしまったので/私はますます詩人でしかない〉。人気(ひとけ)のない街を行けば、〈毒のある花冠に促されて/街にはいきいきと無人のやすらぎのあふれのようなもの〉。見えない恐怖を前にした人間の弱さ。それを言い当てるときの言葉のしなやかさ。詩が危機に力を発揮する表現形態なのだと改めて思う。

 各章に添えられたピアノ曲は、シンガー・ソングライターの小島ケイタニーラブによるもの。静かな祈りのように読書の伴走をしてくれる。朝岡英輔の写真と相まって、五感に響く一冊だ。(板垣麻衣子)=朝日新聞2020年12月5日掲載