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『「ユーザーフレンドリー」全史』書評 「礼儀正しい」機械が信頼を得る

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2020年12月12日
「ユーザーフレンドリー」全史 世界と人間を変えてきた「使いやすいモノ」の法則 著者:クリフ・クアン 出版社:双葉社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784575315776
発売⽇: 2020/09/30
サイズ: 19cm/493p

「ユーザーフレンドリー」全史 世界と人間を変えてきた「使いやすいモノ」の法則 [著]クリフ・クアン、ロバート・ファブリカント

 1979年、スリーマイル島の原子力発電所で警報が鳴り、無数の警告ランプが点灯した。原子炉に何か異変が起きたのだ。だが所員はどれからどう対処すればよいか分からない。警報や警告がそれを教えるほど親切に作られていない。所員は緊急マニュアルのページをめくるが、適切な対処を取れず、アメリカ史上最悪の原子力事故は起こった。当時まだユーザーフレンドリーという概念は確立していなかった。
 ではユーザーフレンドリーな機械とはどのようなものか。マニュアルを読まずとも直感だけで使えるもの。誤作動を実際にしないだけでなく、しないと強く信頼されるもの。機械が暮らしの隅々に入り込んだ今日、ユーザーフレンドリーであることは一層重要だ。なにせ数が多いので、全てのマニュアルを読む時間はないし、誤作動に怯(おび)えていては生活できないからだ。
 設計でとりわけ興味深いのは、人間の信頼を得る工夫だ。例えば横断歩道で自動停止する車が、実際に停止すると歩行者に信頼されるためには何が効果的か。実験を重ねた結果、車がきちんと停止線で止まろうと速度を落とす動作が、効果的だったのだという。つまり歩行者に信頼してもらうためには、マナーが良いドライバーの振るまいを車にプログラミングするのが大事ということだ。そのようなプログラムは、まるで人間が自分の無害さをアピールするための敬語や礼装のようで、著者らはその工夫を「ポライトネス」(礼儀正しさ)だという。
 この本の特長として、表現の解像度の高さを強調したい。例えば、よいユーザーエクスペリエンス(UX)を与えるという作業は、人々が「こう動くはずだ」と抱くメンタルモデルに新たな製品を当てはめる挑戦だという。サービスに関わるビジネスパーソンは、数多(あまた)のそうした表現から、作業の本質を「なるほど」とつかむはずだ。素晴らしくユーザーフレンドリーな本である。
    ◇
Cliff Kuang ジャーナリスト、UXデザイナー▽Robert Fabricant プロダクトデザイナー。