「青春の文学」に見る律令国家の統治システム
「万葉集」に古きよき日本の原像をみる人は多い。ただ、背後に広がる古代東アジア世界の息吹を感じ取る人は少ないかもしれない。万葉学者、上野誠・奈良大教授(60)の近刊『万葉集講義』(中公新書)は、そこに秘められた国家整備の構造的メカニズムをえぐり出す。ねらいは、この「国民文学」がまとう通説の打破。なかなかに、とんがった内容なのだ。
奈良時代に成った歌集「万葉集」。全20巻4500を超える短歌や長歌を収め、貴族層のみならず名もない庶民の歌も網羅する。素朴でおおらかで、どことなく牧歌的。現代人は、そんな霞(かすみ)たなびく箱庭のごとき日本的原風景を思い浮かべがちだ。
ところが、上野さんは言う。「きわめて中国的できわめて日本的なもの、それが万葉集。融合プラスα、ハイブリッドのすばらしさがあり、外来文化との比較でよさが見えてくる」。その誕生の淵源(えんげん)には中国の詩文集「文選」があり、漢字文化圏の世界的視点で眺めなければ本質は見えない、というのだ。
そもそも歌とは口承文学。歌い手と聴き手、口から耳への伝達媒体だ。5音句と7音句がつむぐリズムも心地よい。ところが、文字で歌が記録されるようになると、いつ、どこで、誰が歌ったのかという属人性が意識され始め、表現への創意工夫も芽生える。個人の心情を盛り込んで後世に残したいとの思いも募る。そこに時間軸が生まれた。歌集の登場だ。記紀が事跡でたどる歴史なら、万葉集は歌でつづる「歴史」である。
上野万葉学のめざすところは歌による古代文化論の追究。だから、異分野にも目配りを怠らない。古代史や考古学、民俗学などの最新成果を取り込むことで「見えなかったものが見えてくる」。そんな研究手法ができるようになった時代に生きる世代の責務だと思っている。
万葉集の親しみやすさといえば、上流階級はもとより素朴な東(あずま)歌や哀切漂う防人(さきもり)歌など、悲喜こもごもの庶民の姿が盛り込まれていること。そこにいにしえの理想的な平等社会を読み取る向きは少なくない。
が、上野さんに言わせれば、これも宮廷文化の地方浸透の帰結であり、みやびな宮廷人や国司として全国各地へ派遣される高級官僚たちが都から鄙(ひな)を眺めた、いわば上から目線の産物だ。都会人の田舎に対するノスタルジックな憧れといったところか。
「いたずらに歌による平等社会への理想化を強調するのは間違いです。でも、そこには明らかに地方志向がある。都びとと地方の庶民との心の交流と共振がある」
つまり、地方赴任にともなう土地柄への関心や住民とのふれあい、望郷の念が万葉集の裾野を広げたというわけ。そうとらえたとき、歌という小さき存在から、国づくりに邁進(まいしん)する律令国家の壮大な統治システムが見えてくる。
一方、漢字文化圏縁辺の悲しさか、日本語を漢字の音でつづる万葉仮名という苦心の表記法はとても不安定で、文脈から判断せざるをえない場合も多い。だがそれさえ、「青春の文学だよね。こなれない味わい、洗練されていない魅力がある」といとおしげだ。
筑紫の大宰府を離れる大伴旅人に遊女が贈った歌がある。
凡(おほ)ならば かもかもせむを 恐(かしこ)みと 振りたき袖を 忍びてあるかも
あなたは雲の上の人。袖を振りたいのも忍ぶしかない――。東アジアの律令システム下、サラリーマンよろしく地方任期を全うして鄙を離れる宮廷人と、それを陰ながら見送る庶民の、やるせない恋慕の情。歌に見え隠れする硬軟両面の要素に、上野さんのいう万葉世界が目に浮かぶ。そして彼女の切ない思いは「あや」として、恋や四季が展開する「古今和歌集」に引き継がれていく。(編集委員・中村俊介)=朝日新聞2020年12月16日掲載