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「ファシズム」書評 重い体験経て見える不穏な潮流

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月09日
ファシズム 警告の書 著者:マデレーン・オルブライト 出版社:みすず書房 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784622089438
発売⽇: 2020/10/05
サイズ: 20cm/270,16p

ファシズム 警告の書 [著]マデレーン・オルブライト

 本書執筆の契機は、2016年のトランプ大統領の誕生にあるという。クリントン大統領のもとで国務長官を務めた人物の、まさに警告の書である。「今日の私たちに荒々しく打ち寄せる幾重もの政治的、社会的な潮流」に懸念があり、その流れはファシズムに行きかねない。今はまだそこには至っていないが、成長の糧を得ながら、その方向への時代に近づいているとの認識である。
 20世紀前半のムッソリーニ、ヒトラーの登場のプロセス、フランコの反民主主義、イギリスのモズリーやアメリカのファシストなどを詳細に見ていく。そして国務長官時代に会ったプーチンや金正日らを含めて、ファシズムとはどういう思想、体制であり、どのような人物が主導するのかが説かれる。ファシストには「命令する者とされる者」の二種類がいる。大衆の支持は、歩く脚、ものを言うための肺、脅しに必要な腕力を与える。しかし首から上にあたる資金力、ゆがんだ思考も必要だ。裕福な支援者がいなければ、ヒトラー伍長の名は広まらなかっただろうと分析する。
 映画「独裁者」についても触れているが、チャップリンの扮する気の弱い床屋が独裁者に間違われて演説する。その人間的な言葉と内容に強く賛意を示す。
 著者は旧チェコスロバキアのユダヤ系の外交官の娘として生まれ、ナチス制圧時にはロンドンに、戦後は共産主義者に乗っ取られた政権に抗してアメリカに、一家で亡命している。本書でも繰り返しているが、アメリカの民主主義体制に自負と信頼を持っている。それゆえに共産主義体制にはナチスへの批判と同質の怒りが感じられる。スターリンはファシストという語を万能の侮辱語として用いたために、ソ連の人々は、本来の相手に使わず共産主義体制批判の全てに使ったとの指摘は、興味深い。
 著者の論旨は、20世紀の苦悩を肌で体験しているだけに重く、教訓的だ。
    ◇
Madeleine Albright 1937年生まれ。米ジョージタウン大教授を経てクリントン政権で国連大使、国務長官。