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ウイルスを知る=世界を知る ジャーナリスト・池上彰さん@群馬・館林市立第二小学校

文・中津海麻子 写真・御堂義乗

疫病との戦い 歴史から学べること

 「これ、なんだかわかるかな?」

 池上彰さんが、体育館に集まった6年生たちに持参したオブジェを見せると、「アマビエ!」と声が上がった。アマビエは疫病を追っ払ってくれるという妖怪だ。

 「アマビエの言い伝えがあるように、日本にはこれまで何度も疫病に苦しめられた歴史がある。奈良の大仏も疫病が起きたことで作られたと言われてます。なんの疫病が知ってる?」

 会場から「天然痘?」と声が上がる。「そう。今は天然痘だとわかっているけれど、当時は原因がよくわからないままたくさんの人が亡くなり、民が不安に襲われた。そこで聖武天皇がみんなの気持ちを鎮めるため大仏を作ったんだ」

 池上さんは、聖武天皇が仏教に救いを求め、全国に国分寺を設け、総本山である奈良の東大寺に大仏を建立したと解説。さらに、もう一つの意図も。

 「たくさんの人が疫病に倒れたことで、自由な経済活動ができなくなっていた。奈良の大仏ほどの大きなものを作ればたくさんの働き手が必要になる。つまり、人々の働き場所を作って経済を立て直そうという目的もあったんだ」

人と人の距離と換気に配慮し、授業は体育館で行われた

 池上さんはこう続ける。

 「昔、疫病が流行った時、人々は不安になり、多くの人が仕事を失い経済が落ちこんだ。その時代の人たちが取った対策は、現代になんらかの形でヒントにならないだろうかーー。歴史を学ぶことには、そういう意味もあるのです」

ウイルスって悪者?

 一転、話は「新型コロナウイルスとは?」。池上さんは「新型コロナウイルスは文字通り『ウイルス』。細菌とは違います」。その違いとは、生き物か生き物でないか、具体的には①細胞膜があるか②代謝を行うか③自分で増殖できるか、と説明。「細胞膜を持ち自力で代謝と増殖ができる細菌は生き物だけど、細胞膜がないウイルスは生き物ではないというのが、多くの専門家の見解です。だから、ウイルスは『生きる、死ぬ』ではなく『活性化、不活性化』と表現します」と池上さん。

 ウイルスは、細胞膜ではなくたんぱく質の殻を持ち、その中にRNAという遺伝子が入っている。たんぱく質の殻の表面には突起があり、それが王冠のような形をしていることから、王冠の意の「コロナ」と名付けられた。この突起が人間の細胞の細胞膜に取り付くと、ウイルスの遺伝子が細胞の中に入り込み、細胞の栄養をエネルギー源にしてウイルスは自分のコピーを作り始める。大量に増えたウイルスによって人間の細胞はエネルギーを奪われ死に至り、するとウイルスがそこから飛び出してまた別の細胞に取り付く……。この繰り返しによって人間の細胞がどんどん侵され、発病に至る。

 石鹸での手洗い、アルコール消毒がなぜ大切なのか。「たんぱく質の殻が破壊されると、中にある遺伝子はなんの働きもできなくなる。これが『不活性化』。たんぱく質の中には脂の成分もあり、脂って水だけではなかなか落ちないよね? 石鹸やアルコールにはウイルスを構成するたんぱく質や脂質を分解する力があるんだ」

 「悪」のイメージが強いウイルス。しかし、「実は進化の過程で人間の遺伝子の一部になったウイルスもある」と池上さん。たとえば妊娠、出産。母親が胎児をおなかの中で育むための胎盤の形成に、人の細胞に入り込んだウイルスが関わっているという研究結果が明らかになっている。「不思議でしょ? 世の中にはいろんなウイルスがあって、そのウイルスがあったから進化できた、生き延びて来られたという面もあるのです」

 ウイルスの不思議はほかにも。「コピーミス」もその一つ。そもそも「コロナウイルス」はすでに存在しており、軽い風邪を引き起こす程度のウイルスだった。それが、コピーを繰り返すうちにコピーミス=突然変異を起こし、全く新しいタイプが生まれてしまった。だから「新型」コロナウイルス。中国で流行ったSARS、中東でラクダから感染するMARSもコロナウイルスの一種だ。最近ニュースでもよく見かける「変異型」もまさに、コピーミスによって生まれている。

 すると、質問の手が上がる。「変異しないウイルスは生きていけないんですか?」

 池上さんは「そうだね。変異しなければ姿を消してしまうかもしれない」と答え、突然変異は動物や植物の遺伝子でも起きること、生き残るために変異するのではなく、環境が変わったときにその環境でも生き残れるような変異をした種が生き残る、それが「進化」と説明。池上さんは子どもたちに改めて向き合い、こう語りかけた。

 「世の中で考えてみよう。もし世の中の仕組みがガラッと変わったとき、同じ考え方の人ばかりだったらどうなるだろうか? おそらく滅びてしまう。同じような人ばかりの社会は実は弱いのです。違う考え方、異なる肌の色の人がたくさんいれば、環境の変化に対応できる可能性が高まる。多様性、英語でダイバーシティーという言葉があります。一人一人が違うのは当たり前で、むしろ違う人がたくさんいる多様な社会は、環境や情勢が変わっても生き延びることができるかもしれない」

感染のしくみを説明する池上さん

免疫は「町を守るおまわりさん」

 後半は、「免疫」の解説からスタート。実は前半の最後に「新型コロナウイルスに感染しても、無症状の人がいるのはなぜですか?」という質問が出ていたのだ。その鍵を握るのが「免疫」だ。

 「免疫力がある若い人に無症状や軽症が多いのに対し、免疫力が弱い高齢者は重症化する可能性が高い」と池上さん。「でも」と続ける。第1次世界大戦中に世界で流行し、多くの死者を出したインフルエンザ、いわゆる「スペイン風邪」のときも、第1波は感染力が強いものの軽症で済む人が多かったが、続く第2波はウイルスが突然変異し、重症化する人が急増。特に若者ほど命を落としたという。

 「若い人はなまじ免疫力が高いから、免疫が暴走し自分の体を傷つけてしまった。今回の新型コロナウイルスもどんどん変異するだろう。若いから大丈夫、が逆になる可能性がある。このことをぜひ知っておいてください」

 池上さんは免疫の仕組みを「町の安全を守るおまわりさん」に例える。いつも町(=体)の中をパトロールし、犯罪(=病気)を起こそうとしている人を見つけたら逮捕して、町を安全に守る。一度犯罪が起きると、その犯人(=ウイルス)の顔写真を交番の前の掲示板に貼り、同じ顔の犯人がまたやって来たら町に入る前に捕まえてしまう。この顔写真がいわば「一度感染することで獲得した抗体」だ。

 「他の町で暴れている悪いヤツがいて、でも実際に自分の町には来てはいないので顔写真はない。でも『こんな顔』という似顔絵を貼っておけば、本物の犯人が侵入して来たときに気づいて捕まえることができるかもしれない。それが『ワクチン』です」(池上さん)

 ワクチン(vaccine)はラテン語の「雌牛(Vacca)」に由来する。18世紀、ヨーロッパで天然痘が大流行する中、イギリス人医師のエドワード・ジェンナーが、牛の乳搾りをして牛痘にかかる女性たちが天然痘にかからないことに着目。天然痘よりも軽症ですむ牛痘の膿を傷をつけた子どもの手に擦り付けてみたところ、軽い牛痘にかかったものの、その後、天然痘に感染することはなかった。こうしてワクチンが生まれたのだ。

生徒の答えに耳を傾ける池上さん

不自由な時間をチャンスに変えて

 日本では、米ファイザー社などが開発した新型コロナワクチンの投与が2月から順次始まると言われている。「ここで世論調査をしよう。ワクチンが打てるようなったら打ちたい? 打ちたくない? 」という池上さんの問いに、それぞれ考えながら手をあげる子どもたち。打ちたくないという男子は「もしかしたら副反応が出るかもしれないから」とその理由を答えた。

 「中国やロシアもワクチンを作っていて、プーチン大統領は国民には『打て』と言っているのに本人は打とうとしない。中国はエジプトなどの開発途上国にどんどん配っている。こういう状況を見ると副反応の心配はないの? と思ってしまうよね」と池上さん。アメリカは「アメリカ・ファースト」のトランプ大統領のもと自国優先で推し進めている。一方で、ワクチンが買えない貧しい途上国も。「先進国が自分の国さえよければいいというやり方をしても、途上国の感染拡大を防ぐことができなければ、結局世界中で流行し続ける」。池上さんは、国連が中心となり先進国から途上国にワクチンを寄付する取り組みが進められていること、しかし、アメリカが参加していないといった現状を伝え、「ワクチンひとつとっても、いろんなことが見えてくるでしょう?」。

 池上さんの新型コロナウイルスに関する授業は、日本や世界の疫病、ワクチンが生まれた「歴史」、ウイルスの構造、突然変異や進化などの「理科」、各国の対応や思惑が垣間見られる「世界情勢」と、学科を超えた学びがあることを教えてくれる。池上さんは、アイザック・ニュートンが「万有引力の法則」を発見したのも、実はペストの感染拡大で大学が休学になり、故郷に帰省したときに庭の木からリンゴが落ちるのを見てひらめいた、そこから今に繋がる宇宙開発が発展していったという話題にふれ、最後にこんなメッセージを送った。

 「新型コロナウイルスによって、学校や休みになったり、これまでのように自由に遊べなくなったり、君たちも大変な思いをしていると思います。でも、色々なことを学んだり考えたりするチャンスでもある。この災難をうまく利用して、世界をどのように見るべきか、そのためにはどんな知識が必要かを考えながら、学校の勉強にも取り組んでください」