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寺島優さん「占領下のエンタテイナー」インタビュー 「謎の東洋人」の父を追う

寺島優さん=山梨県鳴沢村の自宅

 収録された中村哲(さとし)の写真に、あの人かと思い出す人も多いだろう。三船敏郎やアラン・ドロンと出た映画より、口ひげの「怪しげな東洋人」役の方がピンと来るかもしれない。

 見覚えはあるが、その人のことはほとんど知らない謎の男――。

 明治時代、カナダに移民した両親の下に生まれた中村は多芸多才で、戦前は野球チーム「バンクーバー朝日軍」の本塁打王でもあった。1992年に83歳で亡くなるまで、歌手としてカナダや日本で公演、ちょい役を含め映画出演は数多く、「蝶々夫人」では準主役を務めている。

 戦争を挟んで揺れ動く時代を生き抜いた。その喜怒哀楽を本書で活写したのは、中村の長男である。

 「欲のない人でした。売れたい、もうけたいではなく、我が道を行った」。父譲りのバリトンが富士山麓(さんろく)の住まいに響く。子供の頃からマンガや音楽に熱中、東宝宣伝部を経てマンガ原作者に。代表作に『雷火』がある。アニメにも携わり、「それいけ!アンパンマン」では「バイバイキ~ン!」のせりふを生んでいる。

 息子とはいえ、仕事をする父のことはよく知らなかった。生涯を追ったのは死去後で、手がかりは段ボール箱に残された何冊ものスクラップブックだった。公演パンフレットや自身についての新聞記事が丁寧に貼ってある。「だからこの本は父が半分書いたようなものです」

 父を知る人に片端から会い、カナダにも行った。有名無名を問わず、皆が「テッちゃんのことなら」と応じてくれた。かつて「母親の尻馬に乗って怠け者と批判した」父の実像を知り、わびたい思いだという。

 時代背景が適宜挿入され、戦時の日系人の過酷な運命や、「流暢(りゅうちょう)な英語を話す日本人」の扱いが戦後どう急変したかもよくわかる。話の運びのうまさに、本業で培われた技が生きている。(文・写真 福田宏樹)=朝日新聞2021年1月23日掲載