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カップを片手に空想の旅 湊かなえ

 昨年、旦那にマグカップを割られました。スキューバダイビング仲間の結婚祝いを選んでいる際、自分用としてどうしてもほしくなったクジラ模様のマグカップです。

 以来20年、特に小説家デビューしてからは毎晩、私を支え、癒(いや)してくれた存在でした。それが、いきなりの別れ。砕けたカップと同様に、自分の中の大切な何かも壊れたような気がします。修復してくれるのはアレしかないと、読者の方々の愛が詰まった宝箱を開きました。

 選んだのは、福岡県の方からいただいた、スタバ(スターバックスコーヒー)の地域限定デザインというマグカップです。白とグレーのツートンにところどころ茶が入った、丸っこいフォルム。シュッとした感じのテンテン模様。

 子猫が丸まっているみたい。
 大きさ的にもそう思える、優しい雰囲気のカップです。コーヒーを入れて両手で包むと、温かさまで猫と同じで、我が家のミルがまだ、手のひらサイズだった頃を懐かしく思い出しました。

 それから半年以上が経ち、陶芸や窯元に興味を持つようになって(やっと)、そのカップが小石原(こいしわら)焼の翁明窯元で作られたことを知りました。テンテン模様は「飛びかんな」という技法です。

 まさか、スタバがこんな伝統ある窯元とコラボしていたとは!
 以来、小石原焼や兄弟分の小鹿田(おんた)焼などをネットで調べ、「陶芸の里巡り一人旅計画書」なるものを作り、カップを眺めながら空想旅に出かけること、しばしば。

 また、スタバの他の地域限定デザインを調べては、信楽焼に九谷焼、青森県は津軽びいどろのグラスか、と新しい計画書ができあがります。

 器はネットでも買えるけど、やはり、自分の目で見て、触って、選びたいものです。普通に旅を楽しめる日常が戻ってくることを願いつつ、仕事のためにコーヒーを入れたのに、カップを片手に空想旅に出てしまう。そんな日々を送っています。=朝日新聞2021年2月17日掲載