セミがうるさく鳴く暑い夏の昼下がり。高校2年生の元野球部員・広井玉緒はなぜか自分の部屋で学年一の美少女・穂村蘭がベッドに横たわり、恥ずかしい行為にふけっている姿を目撃する。なぜ穂村がオレの部屋で? わけがわからないまま広井は思わずズボンを下ろし、穂村をのぞきながら“だぶるぷれい”を始めてしまうのだった――。
「コミックヘヴン」(日本文芸社)で連載中の『だぶるぷれい』(ムラタコウジ)は、白日夢のような強烈な場面から始まる。お互いの親が再婚したため、広井と穂村は義兄妹として一緒に暮らすことになったという。直後にのぞきがバレた広井はその場で下半身丸出し写真を撮られ、穂村の「奴隷」にされてしまう。
家庭の事情であこがれの美少女と一つ屋根の下で同居、という男子高校生にとって夢のようなシチュエーション。昭和生まれなら『みゆき』を思い出すに違いない。高校生の若松真人は「血のつながらない妹」である若松みゆきと同級生の鹿島みゆきの間で揺れ動く。連載が始まった1980年の時点で10年のキャリアを重ねていたあだち充の出世作であり、アニメ化、テレビドラマ化、映画化もされた。あだち作品としては珍しく、主人公がスポーツをやらない“純ラブコメ”となっている。
ただし、「美少女と一緒に暮らす」こと自体が重要なモチーフだった『みゆき』と違い、『だぶるぷれい』でその設定は「家でいやらしいことをする」ためのエクスキューズに過ぎない。自宅で、高校の部室で、川の土手で。ドSで気も性欲も強い穂村は決して一線を超えないまま、ひたすら広井に性的な行為を強要する。お互いの腋(わき)の匂いをかぎながらの“だぶるぷれい”など、「腋フェチ」を公言するムラタコウジならでは。同じ男子高校生の夢でも、『みゆき』の日常性に対し、『だぶるぷれい』は極めて非日常的な夢が描かれる。親の再婚で美少女と同居ということはあり得なくはないが、穂村のようにエロい美少女はそうそういない。男子高校生の夢というよりも、「童貞の妄想」といったほうが妥当だろう。
特筆すべきはページから伝わってくる作者の“熱量”だ。ムラタコウジはこの荒唐無稽な物語に並々ならぬ気合いを込めており、それが本作を単なるマニアックなエロマンガに終わらせず、純文学の気配まで漂わせる。家でもセーラー服を着ている穂村の象徴性。部活が終わった夕暮れのグラウンドでひとり素振りをする広井を穂村が見つめている場面の郷愁。「こんな高校時代を送りたかった!」というシャウトが聞こえてくるようだ。絵が美しいので下品にならず、意外と女性にも受け入れられるエロかもしれない。
繰り返しになるが、現実にこんなことは起こるはずがないし、穂村のような少女は実在しない。それでいいのだ。だから、いいのだ。