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「BAD BLOOD」書評 評判で動く「ムラ社会」浮き彫り

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2021年04月03日
シリコンバレー最大の捏造スキャンダル全真相 BAD BLOOD 著者:ジョン・キャリールー 出版社:集英社 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784087861266
発売⽇: 2021/02/26
サイズ: 19cm/415p

血液1滴ですべての病気がわかる−。「エンロン」以来、最大の企業不正事件の舞台となった、血液検査ベンチャー「セラノス」。“第二のスティーヴ・ジョブズ”ともてはやされた若きC…

BAD BL00D シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相 [著]ジョン・キャリールー

 指先から採るわずかな血液で、数百種類の検査ができる――。そんな夢のような技術をうたってシリコンバレーの投資家をとりこにした血液検査会社「セラノス」。本書は、この会社と創業者エリザベス・ホームズの虚構を、緻密(ちみつ)な取材で暴いてゆく迫真のノンフィクションだ。
 名門スタンフォード大を19歳で中退して起業し、「世界を変えたい」と語るエリザベスに、百戦錬磨の政治家や投資家はたちまち魅了される。シュルツ、キッシンジャー両元国務長官、マティス元国防長官ら大物政治家が取締役に名を連ね、著名投資家が次々に投資した。評価額は一時、9千億円を超えた。
 私が特派員としてサンフランシスコに赴任した2014年当時、エリザベスはメディアの寵児(ちょうじ)だった。黒のタートルネックにブロンドの髪、真っ赤な口紅。低い声で自信満々に語る彼女は、スティーブ・ジョブズの再来とまで言われた。
 そんななか、著者は不正の端緒をつかむ。報復を恐れて誰もが固く口を閉ざすなか、慎重に一歩ずつ迫っていく様子は圧巻だ。
 恫喝(どうかつ)に屈せず調査報道を守り抜いた新聞社、リスクを冒して口を開く告発者たちの勇気が光る。
 そして明らかにされるのは、社員を監視し、脅迫する異様な会社の実態と、その頂点に座り、人をだまして取り込んでゆくエリザベスの怪しい魅力である。
 それにしてもなぜ、かくも多くの大物がだまされたのか。浮き彫りになるのは、金持ちとエリートが、小さな地域で濃密に結ばれたシリコンバレーという「ムラ社会」の姿だ。この町での評価は、誰が何と言ったかが大きな意味を持つ。各国の移民が躍進する地で、若き白人女性に夢を託したのが年配の白人男性たちだったのも示唆的だ。
 エリザベスは詐欺罪で検察に起訴されたが、裁判は彼女の出産で延期されたという。セラノス劇場には第2幕があるかもしれない。
    ◇
John Carreyrou 1972年生まれ。米ウォールストリート・ジャーナル紙記者を経てフリーのジャーナリスト。