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九年前のわたし 柴崎友香

 この連載は、原稿に振っている数字が間違えていなければ今回で105回目になる。ともかく100回以上なのは確実で、それだけ続いたのはなかなかすごい。それだけ読んでくださった方がいると思うと、ありがたいと思うばかりだ。

 第1回目はなにを書いただろうかと探してみた。引っ越しを検討中で、コンセントが足りない問題についてだった。当時の部屋は築30年のアパートで、パソコンやら携帯電話やらがまだ少なかった頃に建てられたので、コンセントが少なかった。たこ足配線も危ないので部屋探しではコンセントの数と位置を気にかけていた。その部屋から次の次にあたる今は、全体では数があるのだが、台所周りのコンセントが足りない。ほしい調理家電があるのだが、置く場所に悩み中だ。

 第2回目は、高校の同窓会に行った話を書いていた。ああ、あの時ね、と読んでいくと「38歳」とある。えっ、と思う。9年前だからその年齢なのは当然なのだが、40代に慣れてだいぶ経つので不思議な感じがしてしまう。

 回を追って読む。まだ東京に来て5年ぐらいだったので、東京での発見や変化の話も多い。部屋を片付けられない話、巨木、地形など、今もちょくちょく書いていることがあって、そのへんは変わらんなあ、と思う。一方で、そういえばこんなことあったわ! と読むまですっかり忘れていたことや、わたしこんなこと書いてたんや、と人の文章を読むみたいな回もある。

 書いたのはわたしであるのは間違いないし、すごく変わったということもないのだが、今ここにいる自分からはちょっとだけ遠い。忘れていたできごとはその間どこにしまわれてたのやろう、と思ったりもする。

 47歳のわたしは38歳のわたしの文章を読むことができるが、逆はない。38歳のわたしが今のわたしの文章を読んだらどんなふうに思ったやろうか。まあまあがんばってるな、ぐらいやといいなと思う。=朝日新聞2021年3月31日掲載