1. HOME
  2. インタビュー
  3. 著者に会いたい
  4. 中村明珍さん「ダンス・イン・ザ・ファーム 周防大島で坊主と農家と他いろいろ」インタビュー ご近所と共に奏でる日常

中村明珍さん「ダンス・イン・ザ・ファーム 周防大島で坊主と農家と他いろいろ」インタビュー ご近所と共に奏でる日常

中村明珍さん=向井大輔撮影

 ギタリスト・チン中村として活躍したロックバンド「銀杏(ぎんなん)BOYZ」を脱退し、東京から山口・周防大島に移り住んで8年が過ぎた。得度して名は中村明珍(みょうちん)となり、農業を営みながら、僧侶として暮らしている。

 東日本大震災を機に、妻と娘が妻の親族が住む周防大島に避難した。自身は東京に残ったが、バンド活動に行き詰まった。「ここにはいたくない。でも仕事はどうしよう」。悩んでいた時、妻の「畑やれば?」という一言に背中を押され、自身も島に移住することを決めた。

 農業での試行錯誤。僧侶としての修行やお勤め。都会とは違う人の距離感や価値観。保育園だった建物に住むことにした物件選び。東京で生まれ、18歳から30代半ばまで音楽に明け暮れた著者にとって、「普段ですら新鮮。何げない日常を届けられたら」と思いをつづっていった。

 だが、穏やかな日々ばかりは続かない。2018年には島で大きな出来事が立て続けに起こった。大阪の警察署からの逃走犯が、島の道の駅などに滞在した。島と本州をつなぐ橋に貨物船がぶつかり、1カ月以上断水。風呂やトイレを使えないだけでなく、水の入った重いポリタンクを運びあぐね、けがをしたお年寄りの姿も見聞きした。様々な問題が起こるのに、波風が立たない。「競り合うと集落で生きていけないことをみんな分かっている。おかしいと言った方がいいのか、怒らない方がいいのか。悩んだけど、僕なりに島であったことを書こうと思った」

 島に来て長男が生まれ、家族が増えた。今年からヤギの「こむぎ」も飼い始めた。オンライン配信や農産物の通販、イベント企画も手がけるようになり、「東京にいた時よりも忙しいかも」と笑う。充実感に満ちた笑顔は、島へのまなざしと同じくらい優しさがにじみ出ている。(文・写真 向井大輔)=朝日新聞2021年5月15日掲載