「ヒップホップ・アナムネーシス──ラップ・ミュージックの救済」/「福音と世界」
Lil Mercy:今回は『ヒップホップ・アナムネーシス』で自分にインタビューしてくれたライターの五井健太郎さんと、編集の堀真悟さんをゲストに迎えて、同書のテーマである「救済」をキーワードにお話ししたいなと思っています。自分のインタビューが載ってるから言うわけじゃないけど、『ヒップホップ・アナムネーシス』はすごく良い本なんですよ。
――『ヒップホップ・アナムネーシス』はマーシーさんやBADSAIKUSH(舐達麻)ら6名のラッパーのインタビュー、五井さんや音楽ライター・二木信さんによる論考、さらにディスクガイドなどで、キリスト教の視点をベースにしながらヒップホップの描く「救済」に焦点を当てた本です。
ikm:僕はたぶん東京で一番最初に『ヒップホップ・アナムネーシス』を買ったと思います(笑)。マーシーくんのレコーディング前に一緒にカレーを食べて古本屋に行って、その時にそういえばそろそろ発売日ですよね、という話になって。速攻で欲しいから帰りに新宿に寄ったんです。でも、紀伊國屋書店、ブックファースト、HMVにも行ったけどなくて……。
堀:通常は取次を通したり発送したりといったタイムラグがあるので、店頭に置かれるのは数日後になるんです。たぶんikmさんが探されてた時は、出荷された直後のタイミングだったんじゃないかな。
ikm:でも、最後に模索舎にも寄ってみたんです。あそこは取次を通さず新教出版社と直でやってるはずだから「あるかも」と思って。そうしたら、まだ棚に並ぶ前の本が積んであって、「買っていいですか?」って聞いたら売ってくれました(笑)。帰りの電車で読んだらすごく良くて、マーシーくんにメールした気がします。そういえば、前に五井さんがマーシーくんのことを「端的に言って文学者」と書かれていて、「これは俺が書きたかったラインだ」って嫉妬したんですよね(笑)。
Lil Mercy:そもそも自分が五井さんを知ったのは月刊誌「福音と世界」がきっかけ。(ラッパーの)仙人掌が教えてくれたんです。
堀:僕が編集に携わっている「福音と世界」は、タイトル的に信者向けの硬い雑誌だと思われがちなんですけど、キリスト教の視点と今の社会への問題意識を結びつけるような内容を意識しています。2020年6月号では「ヒップホップの福音」という特集をやって、『ヒップホップ・アナムネーシス』の前作に当たる『ヒップホップ・レザレクション』著者の山下壮起くん、五井さん、二木さんに書いてもらいました。仙人掌さんには、二木さんからの依頼でその号を送ったんだと思います。
Lil Mercy:で、探してみたけどどこに売ってるかわからない……(笑)。
堀:それよく言われるんですよ。今は紀伊國屋さん、ジュンク堂さんのような大手のお店にも置いていただいてますし、あとは東京だと模索舎さんやIRREGULAR RHYTHM ASYLUMさんのような心あるインディペンデント系の書店さんでも取り扱っていただいています。
Lil Mercy:「福音と世界」はすごく面白いですよ。キリスト教というと取っ付き難いところがあると思うけど、特集の切り口も面白くて、考えるきっかけになるような雑誌。あと宗教を知ることはすごく重要。むしろ知らなきゃダメだと思う。考えてること、バックグラウンド、意味するものが宗教によって全然違うから。
ikm:特にアメリカのカルチャーはそうですよね。ラップはもちろん、小説で読んだことだと、例えばボストンにはカトリックのアイリッシュの教区カルチャーがある。「フッド」と言えば教区のことなんですよね。ボストンの労働者系のアイリッシュは一生教区から出ない、みたいなこともあるみたいで。どこの教会に通ってるか、どこの牧師を知っているかでその人の身元確認をするとか。カトリックはそういう感じ。プロテスタントは教区じゃなくて階級。成功してライフステージが上がると、同じくらいの生活レベルの人が集まる教会に変えるみたいで。そこでカトリックが差別されてる部分もあって。
堀:教会と階級が不可分に結びついてる面はありますからね。山下壮起くんが『ヒップホップ・レザレクション』で書いていたのは、公民権運動後に一部の黒人が中産階級化して、政治的にも、神学的にも保守化して社会の話題から目を背け出した。じゃあそこからこぼれ落ちた貧しい黒人たちに果たして救いはあるのか、なぜラッパーたちは教会を批判しつつも神や救いについて歌い続けているのか。こういう話題を軽く扱うといろんな人から突っ込まれるから、あの本はきっちりと学術書として作りました。そういう土台があったからこそ、今回の『ヒップホップ・アナムネーシス』も作ることができた。と同時に、「もうやることはやったから好きにやりたいな」と思って(笑)。
アン・ウォームズリー「プリズン・ブック・クラブ」
――今回はみなさんに「救済」をテーマに本を選んでもらっています。
Lil Mercy:まずは自分から。『プリズン・ブック・クラブ』はikmくんから教えてもらいました。カナダの刑務所の読書会にボランティアで参加した女性のノンフィクションです。この方は出身地であるロンドンで強盗に首を絞められたことがあって、犯罪者に対するトラウマがある。でも性善説を信じてて、刑務所で犯罪者との読書会に参加します。この本はその1年間を記録したもの。
参加者には強盗はもちろん、詐欺師、ドラッグの売人とかいろんな人がいて。それぞれの目線が面白いんですよ。例えば「Three Cups Of Tea」を読んだ元ヘルズ・エンジェルズ(ギャング)の受刑者が「こんなのありあえない」って言ったり。そしたら後に著者が嘘をついてたのがバレて叩かれた(笑)。この本が素晴らしいのは、犯罪者たちがどんどん読書にハマっていくこと。まさに「Book gives you choices」。本を読むことで世界が広がっていくんです。刑務所の読書会を通じて、読者は本が自分を遠いところに連れて行ってくれるということを教えられる。本が救済になっている一冊ですね。
ikm:刑務所で読書するシーンって映画にもよく出てきますよね。この本はその実録ですね。
Lil Mercy:読む本もハードな題材から恋愛もの、古典、SFといろいろあって。それで読後に議論するんですよ。例えば、ネグレクトについて扱ってる本について話すと、経験のない人からは出てこない意見があって。それを告白することがその人にとってのセラピーになってる面もある。でも本のテンション的はそんなに重くないんですよね。そこが面白い。3人殺してる人とか出てくるんですけど(笑)。本がたくさん紹介されてるのも良いですね。これを読むならこれも読んだほうが良い、みたいな流れもわかるし。
五井:僕がRiverside Reading Clubをすごく面白いと思ってるのは、本を読むこと自体がテーマというか、本にアプローチすることに重きを置いてるというか。マーシーさんが持ってきたのはまさに、本を読むことをテーマにした本ですよね。
ikm:レコードをディグするのと同じ感じですね。俺は新刊本を扱ってる本屋よりも古本屋によく行くんですけど、古本は情報がないから自分の勘で(棚から)抜いていく。その行為自体も好きで。そこも読書だと思ってる。読みたい本を見つけても値段が高かったり、「今日はやめとこう」って気分の日もありますよね。でも見つけてパラっと読んだところのラインだったり、その本が“ある”という情報は持ち帰れますよね。それはもう読書の一部だと思うんです。
五井:そういう本に対するアプローチって、実は誰もがどっかでやっていることなのに、意外とちゃんと言葉にはなってなかった気がするんです。そこもRRCのすごいところだと思う。
ikm:(買った本を家に)積むタイプなんで、買うことも読書にしとかないと自分の中の整合性が取れなくなる(笑)。
五井:でもそういう感覚も、読書に対するハードルを下げることになるし、実はすごい大事だと思いますね。一般的に本の話になると、そのストーリーとか内容に関するものばかりになりがちですしね。もちろんそれも必要なことではあるんですけど。
堀:情報として何が書いてあるか、ってことだけじゃなくて、本の質感みたいなことも話してくれるじゃないですか? そのへんは作る側としてはすごく嬉しい(笑)。装丁とかも狙いがあって、紙を選んだりしてるので。
ikm:かっこいいものはゲットしたいじゃないですか(笑)。俺らはノリでやってるんで、“プロ”に見つかりたくないなって気持ちもありますね。「それ違うよ」って言われても知らないし。「#本好きと繋がりたい」人と俺は繋がりたくないかもしれない(笑)。
甲田幹夫「ルヴァンの天然酵母パン」/志賀直哉「城の崎にて」
Lil Mercy:さっきから堀さんが持ってきたパンの本が気になってて(笑)。
堀:僕、今の仕事に就く前、1年だけパン屋で働いてたんですよ。『ルヴァンの天然酵母パン』はそこで働く前に読んだレシピ本です。(東京の)富ヶ谷に「ルヴァン」という天然酵母を使ったパン作りの草分け的なお店があって、そのシェフの甲田幹夫さんが書かれたものです。僕がこの本で好きなのはあとがき。「パンを作って食べることで、頭が平和にならなきゃいけない。パンは目的じゃなくて手段なんだ」みたいなことが書かれてる。
Lil Mercy:良いですね。
堀:表紙のパンはカンパーニュというんです。昔はもっとでかくて、それを村のみんなで分け合って食いつないでた。カンパーニュの語源は「カンパニオ」というラテン語だと言われていて、「パンを分け合う人々」という意味なんです。さらに言うと「カンパニオ」は英語の「カンパニー(集団/集まる)」の語源でもある。「みんなと共に過ごす」ことがパンの由来になって、精神性にもなってる。これって、今の仕事にも通じると思ってて。僕の作るものは社会のことをガンガン批判していく内容が多いんですけど、その根っこのところでは、命の糧になるような本、共同性を生み出すような読み物を作りたい。僕自身、仕事をしていて悩むこともあるんですが、この本に書かれた言葉がずっと自分の中に残っていて、それが時々ふっと僕を救ってくれるんです。
――仕事の悩みというと?
堀:例えば本屋さんに行くと、自然と頭が仕事の脳みそになっちゃうんですよ。このライターさんは何系の人で、とか(笑)。自分としてはそういうのを取り払いたいのに。
五井:楽しむ読書というより、目的意識を持って読まなきゃいけない感じになっちゃってるんですよね。ただ情報を摂取してるだけというか。でもRRCは本へのアプローチがたくさんあって、何より自由なんですよ。そこが自分的にグッとくる(笑)。
ikm:とはいえ新しい本をまったく読まない時期もありますよ。好きな短編をずっと読んだり。好きな曲を聴くとアガるのと同じ。あと好きなラインがあるところだけ読むとか。特に去年の自粛期間中は割と食らっちゃってたんで、そういう感じでしたね。
――それはまさに救済ですね。
五井:その話から繋げるのは恐縮なんですが、僕、今年の正月に近所のブックオフの100円コーナーで志賀直哉の『城の崎にて』を買ったんですよ。コロナで帰省できないし、暇だし。随分昔に読んだけどあまり覚えてないから、いわゆる大作家の名作を読んでみようと思ったんです。なんか、正月だし。そしたら1ページ目から主人公がいきなり山手線に轢かれてて(笑)。「これが小説の神様の書き出しか」と笑っちゃって。なんかそこで満足して、それ以降読むのやめちゃったんですよね。いい1年になるなこりゃ、と(笑)。
ikm:その読み方もオッケーですよね(笑)。自分も1つのラインだけとか、短編集の中で1個だけ好きな短編があったりして、そこだけ抜き出して読んだりします。音楽で言えばミックステープみたいに、本の中の好きなライン、章、短編を抜き出して繋げて、気分が上がるようにしてる。長くて、面白いか面白くないか判断に時間がかかる本を読むより、自分の好きなところだけを読んでいくみたいな時もあります。
Lil Mercy:自分も好きな曲だけを繰り返し聴くことって結構あるな(笑)。
ikm:うん。好きな曲を延々とリピートするのと、好きな短編を何度も読み返すのって同じだと思う。
五井:正直ちょっと鬱々した気分だったんだけど、そこで正月からぶちアガちゃって。自分的には結構救済されたんですよね。
ウイリアム・パトリック・キンセラ「シューレス・ジョー」
ikm:『シューレス・ジョー』は悲しい気持ちになった時に読む俺のクラシックで、映画「フィールド・オブ・ドリームス」の原作になった小説です。さっき言った自粛期間中も読んでました。翻訳も文章のフロウもとてもきれいで、読むと優しい気持ちになれる。この本は長編ですが、もとは1章の「シューレス・ジョー・ジャクスン、アイオワにきたる」だけの短編として書かれたものみたいで。個人的にはその一章が完璧なんです。天啓を聞いた男が農場を潰して野球場を作るんです。すると、そこに伝説の野球選手シューレス・ジョーが降臨する。主人公の亡くなった親父も野球選手でキャッチャーをやってたけど、メジャーには行けなかった。それでシューレス・ジョーに「お父さんをテストしてほしい」っていうとこで1章が終わるんですけど、短編としてこの章が完璧なんですよ。すごくやさしい話。主人公の妻もいきなり野球場を作るって言い出す夫を「それであなたがしあわせになれるんなら、そうするべきだと思うわ」って全肯定するし。最近悲しいことがあった友達にも1冊あげました。ちょっと落ち込んじゃってるときとかに読んでみてほしいです。
Lil Mercy:キンセラは不思議な現象が起きたり、わけわかんない夢が叶う系ですよね。
ikm:うん。『シューレス・ジョー』もそうだし、『アイオワ野球連盟』ももともとは短編なんですよ。そこに話を足していっている。だから長編になると盛られていくっていうか。『シューレス・ジョー』にサリンジャーを出しちゃうのもやりすぎな気がするし(笑)。でも、俺はこれを読むといつも救われるんですよ。この前気づいたんですけど、俺、救われる話だと思って読んでたわけじゃなくて、悲しい時に読みたい文章として手に取ってたんですよね。あとから「そういえば、救われる話だな」って。
五井:あとから気づくって面白いですね。
ヒューバート・セルビー・ジュニア「夢へのレクイエム」
Lil Mercy:『夢へのレクイエム』を読んだのは10年くらい前。「レクイエム・フォー・ドリーム」という映画にもなってて。かなりエグいドラッグ描写があります。当時ものすごい暇で、たまたま行った図書館でこの本を見つけました。映画版は「見ると落ちる」と友達が言ってたので、小説ならいけるかなと思って借りてみました。話としては、視聴者参加型のテレビ番組に出られることになった主婦が、「テレビに出るなら痩せなきゃ」とダイエット・ピルを飲み始めるんです。でもそれは覚醒剤で。息子もヘロインにハマっていく、みたいな話。小説版でもけっこうキツい描写があるんですけど、自分はこの本を読んで救われたんですよ。
ikm:これ、リリックに使ってますよね。
Lil Mercy:うん。自分はこの本で何もしないことの恐怖を知ったんです。そういう人が暴力にもドラッグにもハマりやすい。実際、当時は暇だったから余計にそう感じました。しかも『夢へのレクイエム』の家族はそこまで荒廃した家庭じゃない。結構普通なんです。でもちょっとしたきっかけで坂道を転げ落ちてしまう。最終的にはドラッグのためなら人間としての尊厳も捨ててしまう。その描写もエグくて。自分はこれを読んだ頃はそんなに読書をしてなかったんですが、この本をきっかけに意識的に読書をするようになりました。
――物語的には救いはないけど、読むことによってマーシーさんは救われた。
Lil Mercy:自分はたまに夢も希望もない絶望的な本を読みます。自分だって何かのきっかけでそっちに行ってしまうこともあるかもしれない。だから絶望を知ることも大事。例えば、映画でも小説でも、街でくたばってるジャンキーが出てきますよね。でも、そこに至る物語がある。それを知ってるだけで、感じることや理解できることも増えると思う。
ikm:それ選択肢の話ですよね。
Lil Mercy:そうだね。自分の見方を変える選択肢。知識。あとこれは装丁もかっこいい。探してたタイミングで地元の埼玉の古本屋で偶然見つけられて速攻で買いました。
ikm:そういうのあると、超好きになっちゃいますよね(笑)。
五井:ポジティブなことや可能なことばかり提示されると、そっちにみんな飛びつく。でも夢も希望もない、絶望的なものも知っとかないと。そういう人もいるから。
Lil Mercy:そう。実際に存在してるんですよ。この人が書いた『ブルックリン最終出口』も街角にある絶望を描いてる気がした。この本には暴力が渦巻いてて、表現としてアウトな部分が多い。夢も信仰も、何もない。ただ騒いでる。その恐怖はすさまじいものがある。絶望の出口がないんです。でもそこで「お前はどうする」と問いかけながら生きていくことが大切なのかなって思います。