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竹下文子さんと田中清代さんの絵本「ねえだっこして」 お姉さん猫の本当の気持ちに心が揺れる

猫の詩画集から生まれた物語

――愛おしそうに赤ちゃんを抱っこするお母さんと、それをじっと見つめる猫。突然やってきた新しい家族に対して複雑な表情をする猫に、ドキッとさせられる。母子と猫の表紙が印象的な『ねえだっこして』(金の星社)は、竹下文子さんが35年前に書いた一編の詩をもとに、田中清代さんが銅版画で絵を表現した作品だ。

竹下:この物語は、 猫の詩画集を作りたくて書いた詩のひとつでした。この詩を書く3年ぐらい前に、夫(絵本作家の鈴木まもるさん)と二人で歩いていたら、目もあいていない赤ちゃん猫が3匹、捨てられていたんですよ。あまりにほうっておけなくて、大家さんには内緒で、哺乳瓶から一生懸命育てたんです。

 そうして猫と一緒に暮らすようになってから、猫を題材にした作品を書きたいと思うようになり、15編の詩を書きました。その中のひとつがストーリー性があって絵本にぴったりだったので、絵本化することになったんです。でも絵を描いていただくのにふさわしい画家さんがなかなか見つからなくて。詩ができてから絵本になるまで、ずいぶん時間がかかってしまいました。

――絵本には、愛情たっぷりに赤ん坊のお世話をするお母さんと、まるでミルクの匂いまで感じられそうな家の様子、素っ気なく見えて甘えん坊な猫が生き生きと描かれている。猫は「いいよ かしてあげる だいすきな おかあさんの おひざ」と新しく来た赤ちゃんに対して、寛大なようにふるまっているが、後半からは「おかあさん おかあさん ときどき わたしも だっこして」と甘えたい気持ちがあふれてくる。その様子を、第二子が生まれた上の子の様子に重ねて、涙する人も少なくない。

竹下:作品としてはあくまで猫の話として書いたものですが、私自身が長女なので、弟が生まれたときの記憶なども少し混ざっているかもしれませんね。以前読んだエッセイで、猫は飼われている家に新しい家族がやってくると、稀に家を出ていってしまうことがあると書かれていて、それがずっと印象に残っていたんです。自分の子が生まれたときは、うちにいた3匹の猫に育ててもらったようなものでしたから、逆に子どもが生まれた後だったら、このお話は書けなかったなと思います。

『ねえだっこして』(金の星社)より

田中:私は当時、子どもはいませんでしたが、知人の家にお邪魔しては、子どもとお母さんをスケッチしていました。最後のページには、お母さんが猫を抱っこしているそばで、お父さんが赤ちゃんを抱き上げている絵を描きました。ずっと母子しかでてこなかったのですが、最後は夫婦を描きたいと思ったんです。取材のためにお宅にお邪魔したときに、知り合いの男性だった人が、お父さんとして子どもをあやす姿を見て、ほほえましく感じました。

竹下:昔はお父さんが子育てをしないのが当たり前だったので、こういう終わり方ができたのはよかったなと思います。文章だけでは読み終わりがさみしかったけれど、絵が加わることで、ハッピーな終わり方になりました。この詩を絵本にしてよかった、と本当に思いましたね。

銅版画で描く世界に、心がきゅっ

――『ねえだっこして』の絵は、やわらかな線で描かれている。赤ちゃんのふくよかな感じや猫の毛並み、風に揺れる草など、田中さんが銅版画という手法で紡ぎだした世界は、とてもあたたかい。

竹下:依頼前に見せていただいた田中さんの絵には、猫や赤ん坊のようなモチーフはなかったので、どんな絵が上がってくるかは未知数でした。でも彼女の銅版画の作品を見たとき、これだけあたたかく個性のある絵を描く方だったら大丈夫だろうという確信がありました。ラフを見たら、おうちの広がりや空気感がとてもよかった。私は風が吹いているページが好きなんです。彼女の中にある世界観をリアルに感じられて、ああこの絵本は田中さんに描いてもらえて幸せだなと思いました。

『ねえだっこして』(金の星社)より

田中:竹下さんの詩をはじめて見せていただいたとき、内容にすごく共感できて、いいな、やりたいなと思いました。絵を描くときは、どういう形ならちゃんと伝わるか、表現として完結するかを考えます。銅版画のなかでもドライポイントという技法は、手書きで描いたようなやわらかな線で表現できるところが好きなんです。雁皮を張り込んで和紙の風合いを出す技法を使っていて、背景を生成りの色にしています。こうすることで、よりあたたかみが出るんです。私が一番気に入っているのは、猫を大きく描いたページですね。銅版画の線だけでなくて、墨汁で濃淡をつけていて、毛並みの優しい雰囲気をデリケートな線で一本一本表現しました。

『ねえだっこして』(金の星社)より

――これまでも数々の愛情あふれる絵本を作り出してきた竹下さんと田中さん。絵本は文だけでも絵だけでも成り立たない、お互いの良さが重なってはじめて作品になると話す。二人とも自分の中から思いが溢れてくるときに、それが作品となるという。

竹下:私は、テーマを先に決めてから書くということができないんです。「こういうことを伝えたい」という意図的な文章を書いたことがなくて、いつも天から降ってくるものを受け止めて書くスタイルなんですよ。『ねえだっこして』も、1つの詩が自然と15場面に分かれて絵本になりました。絵本になる必然性をもって生まれてきたんだな、とそのとき思いましたね。

田中:私も子どもが喜んでくれるものは、作りたいと思っているんです。でもまず自分の中から出てくる何かをまず出してみて、それをどう子どもに伝えようかを考えます。本当は、銅版画って描くのに時間がかかりすぎて、絵本に向いてないんですよ。でも自分らしい表現ってなんだろうって考えたとき、ペースダウンしたとしても銅版画で表現したいという思いがありました。家を出た瞬間のにおいや、風が吹いている外のにおい、そういう空気感が伝えられたらうれしいなと思っています。

(文:日下淳子)