オリンピックの開会式を最初から最後まで見通したのは、今大会が初めてです。一番嬉(うれ)しかったのは、入場行進の際、トンガの選手団に大きな反響があったことです。旗手の男女二人はともに、美しい民族衣装を身にまとっていました。そして、全身、ツヤツヤと輝く肌!
衣装の生地は「タパ」といい、樹皮を叩(たた)いて作られます。男性が腰に巻いているゴザのようなものは「タオバラ」、女性が巻いているスダレのようなものは「キエキエ」といいます。肌を輝かせているのはココナッツオイルで、催事に用いられるものは南国の花や香草を浸したものが多いので、きっと、旗手の二人からは、素敵な香りが漂っていたに違いありません。
実は私、青年海外協力隊でトンガに赴任していた際、トンガの民族舞踊を習っていたことがあります。なんと、舞台にも二度立ちました。ホストマザーが一族の威信をかけて娘の支度をするかのように、手の込んだすばらしい衣装を用意してくれました。そして、露出部にはこれでもかというほどのオイルをベタベタと塗られ、本番の始まりです。
伝統的な踊りを楽しむ慣例の一つとして、踊りの最中、観客が舞台に上がり、踊り手の肌に紙幣を貼りつける、という行為があります。日本の「おひねり」のようなものです。一パアンガ札(缶ジュース一本の値段くらい)からあるので、素敵だなと思った人に、誰でも気軽に貼りに行くことができます。つたない踊りの私にも、肩や腕にペタペタと貼りにきてくれた、陽気で優しい人たちがたくさんいました。
旗手の二人を見ながら想像が膨らみます。もし、ここで紙幣を貼りに行ってもよいことになっていたら、たちまち二人はお札まみれになってしまうんじゃないか、と。ニヤニヤと笑いながら、毎晩、石けんで体を洗っても一週間は残り続ける、特別な日のココナッツオイルの甘い香りを思い出し、幸福なひと時を過ごすことができたのです。=朝日新聞2021年8月11日掲載