俳優として多忙だった2014年3月、突然、脳出血で倒れました。左半身が麻痺(まひ)して自由に動けなくなり、苦痛も続いています。リハビリをしながら妻から譲られたiPadで映画を見たり、音楽を聴いたりしていましたが、やがて、その時々の思いを人さし指で記すようになりました。時間だけはたくさんあったので、ゆっくりと。
いまの僕は脳が半分しか機能していない。いわば「半世界」に生きています。何を覚えているのか。何を感じているのか。怖くても、ありのままに心の深いところへ降りてゆく。文章という新たな表現に出あったことが、自分なりの立ち直りへのきっかけになりました。
4年前にドラマで父と子を演じた星野源君が「シオミさん、何か書けばいいのに」と言ってくれたのも大きかった。過去に大病をした彼は、僕の不安を察していたのでしょう。
物語にせず、装飾もせず、出会った人々や心象風景について書きました。劇団時代の先輩の岸田今日子さんは、芝居でも日常でも素晴らしい時間を共にした唯一無二の存在。リハビリ病院で4年間一緒だった長嶋茂雄さんはいつも大きな声で励ましてくれた。北野武監督は病後の僕を見ても、何事もなかったように映画「アウトレイジ 最終章」に起用してくれました。
俳優に復帰した僕の使命は杖をついた姿で身体の不具合をそのまま出すこと。映画やドラマの現場でもバリアフリーが当たり前になってほしいですね。
病や事故、震災や感染症で突然日常を奪われた人々のことを思い、希望や再生をどう見いだせるかを考えました。この本を書くことで大切な人々との思い出が鮮明になり、それが生きる力になった。神様が最後にくれた贈り物だと思います。
(聞き手・藤谷浩二 写真・岡田晃奈)=朝日新聞2021年8月18日掲載