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「アーバン・ベア」書評 行政任せで安心安全は守れない

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月11日
アーバン・ベア となりのヒグマと向き合う 著者:佐藤 喜和 出版社:東京大学出版会 ジャンル:動物学

ISBN: 9784130639507
発売⽇: 2021/07/19
サイズ: 20cm/251,13p

かつてアイヌの人々に神と崇められ、開拓期には駆除の対象となり、現代では豊かな自然の象徴となったヒグマ。かれらはなぜ市街地に出没するようになったのか。ヒグマの生態からその謎…

「アーバン・ベア」 [著]佐藤喜和

 全国5番目に多い人口195万人を抱える大都市・札幌は原生林が周囲に点在する緑豊かな街でもある。
 私は1980年代、学生時代をこの街で過ごした。市内を流れる豊平川に遡上(そじょう)するサケの調査を手伝う機会を得て、その産卵シーンを間近で観察した感動は今も忘れない。だが、市内にヒグマが出没するというのは当時の感覚ではありえない。
 本書のなかで概観される人間とヒグマの対立の歴史によれば、ヒグマは当時まだ駆逐すべき側にいた。冬眠中のヒグマを春先に捕獲して駆除するという60年代に始まった制度を廃止し、北海道民の共有財産として保護すべき対象に方針転換したのは90年のことだ。
 ところが、90年代以降、農地への出没が増え、被害は増加の一途をたどる。2010年ごろからは都市近郊にも姿を見せるようになり、札幌では遡上したサケをヒグマが食べるという現象が起きてもおかしくないようだ(これはこれで観光資源としての可能性を秘めている)。共生すべき野生動物でありながら、許可されての駆除が18年度には過去最多の879頭に上るという矛盾も起きている。
 動物学者である著者が描写するヒグマの生態はどこまでも魅力的で愛情にあふれる。ただ、市街地に出没する個体の駆除はやむなしとの立場だ。「麻酔銃で捕獲して奥山に放せばよい」「施設で飼育できないか」といった意見の非現実性についても丁寧に説明する。随所に登場する「ウエンカムイ(=悪い神)」という言葉に象徴されるアイヌのヒグマ観が実は根底にあることがうかがえる。
 著者の提唱する共生のためのモデルの核心は「行政任せのヒグマ対策では、地域の安心安全は守れない」ところにあるとみた。地域ぐるみで実践すべき活動についても細かく紹介されている。内容は専門的だが、野生動物との付き合い方を考えるうえで多くの示唆を与えてくれる一冊だ。
    ◇
さとう・よしかず 1971年生まれ。酪農学園大教授(野生動物生態学)。分担執筆した本に『ヒグマ学入門』など。