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古代史最前線 知られざる人・文化圏に焦点 本社編集委員・宮代栄一

平城宮跡東院地区で発見された建物跡=6月30日、奈良市

 今年の夏、古代史で大きな話題となったのが、平城宮跡(奈良市、特別史跡)の東院地区における、27メートル×12メートルという同宮跡で最大級の建物跡の発見だった。出土した瓦などから西暦749年~770年の建築と推定され、46代孝謙天皇と47代淳仁天皇、孝謙天皇が再び即位した48代称徳天皇という3代2人のいずれかが暮らした住まいの可能性が高いとされる。

 この時代に活躍したのが、藤原氏嫡流(ちゃくりゅう)である南家出身の藤原仲麻呂だ。仁藤敦史『藤原仲麻呂』は従来、唐風化政策を推し進め、大師(太政大臣)で正一位という極位極官に達しながら、恵美押勝(えみのおしかつ)の乱を起こし敗れ去った人物程度にしか知られていなかったその生涯に光をあてる。

 仲麻呂は優秀な政治家で、墾田永年私財法や条里制、養老律令の施行など、後世に影響を与えた施策は多い。私たちにおなじみの、天皇が田植え、皇后が養蚕の範を示す籍田・親蚕儀礼や、天皇に漢風の諡号(しごう)(おくり名)をつける習慣もこの時期から始まった。本書はそんな仲麻呂が追い込まれ、息子たちを親王扱いさせて、皇位簒奪(さんだつ)を企図するに至るまでを、彼が行った政策と、彼が仕えた聖武天皇以下、4代に及ぶ天皇との関わりを踏まえつつ論じている。

新書で専門研究

 水谷千秋『女たちの壬申の乱』は、孝謙天皇の高祖父にあたる40代天武天皇が大海人皇子(おおあまのおうじ)の時代に、38代天智天皇の息子にあたる甥(おい)の大友皇子と雌雄を決した内乱・壬申の乱(672年)を扱う。天智の皇后・倭姫(やまとひめ)と后妃の一人である姪娘(めいのいらつめ)について、死去や墓に関する記録がないことに注目。その理由を、彼女たちが近江朝廷方として最後まで抵抗し、非業の死を遂げたため、と推測する。このほか、天智と大海人皇子の最後の会話や、大友皇子の最期に関する考察などは出色の面白さだ。

 こうした文献史学に基づく成果に対し、藤尾慎一郎『日本の先史時代』は出土遺物や遺跡・遺構を手がかりに、旧石器・縄文・弥生・古墳という考古学の四つの時代が何を根拠に分けられ、それぞれの時代の移行期に日本列島で何が起きていたのかを、最新の学説を引きつつ詳細に描き出す。過去の日本列島に異なる複数の文化圏が同時に存在し、その結果、「時代」の及ぶ範囲が限定されるという指摘などはうなずけるものがある。

 このような専門研究が新書の形で続々刊行されているのが、現在の古代史の世界なのだが、近年は、歴史学・考古学・文学・美術史・建築史などの専門家が分野を越え、一つのテーマについてコラボレーションすることで、成果をあげるという事例も散見される。

隣接分野と協業

 今春刊行の『国風文化』が最終刊となった『シリーズ 古代史をひらく』(吉村武彦ほか編、岩波書店・全6冊各2860円)や、2016年刊の『発見・検証 日本の古代』(古代史シンポジウム「発見・検証 日本の古代」編集委員会編、KADOKAWA・全3巻各2200円)はいずれも連続もの。前方後円墳、古代寺院、騎馬民族などについて複数の研究者が論じた後、座談会で意見を戦わせ、一定の結論を導き出している。

 専門書ではあるが面白かったのが5月刊の『馬と古代社会』(佐々木虔一ほか編、八木書店・8800円)だ。19年の古代交通研究会の研究発表を下敷きに、考古学・古代史・有職(ゆうそく)故実などの専門家が、馬匹(ばひつ)(家畜馬)と馬具の受容や絵馬、駅馬と伝馬、日本古代の騎兵などを論じる。

 古代に関わる史料は、中世や近世に比べて少なく、出土木簡などを除けば、今後、急増する見込みはあまりない。だからこそ、精緻(せいち)な歴史復元のためには、隣接分野との協業が欠かせないのだろう。=朝日新聞2021年10月2日掲載