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「歌舞伎役者・市川雷蔵」書評 白黒つけない優柔不断が自然体

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月16日
歌舞伎役者・市川雷蔵 のらりくらりと生きて 著者:大島 幸久 出版社:中央公論新社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784120054570
発売⽇: 2021/08/19
サイズ: 20cm/208p

1964年正月、市川雷蔵は10年ぶりに歌舞伎の舞台に立った。なぜ彼は歌舞伎から離れたのか? 歌舞伎に戻りたかったのか? 早世した映画スターの素顔に隠された「7つの謎」に迫…

「歌舞伎役者・市川雷蔵」 [著]大島幸久

 「白黒ハッキリせんと生きていけないよ」と若くして大成功した大先輩が僕の優柔不断さを叱った。
 「なまこの雷さまとは わてのこっちゃ」とのらりくらりの優柔不断を自認する雷蔵は養子。そんな境遇と似ている僕。歌舞伎から映画へ転向した雷蔵。デザインから美術へ転向した僕。似たもの同士にはなぜか惹(ひ)かれる。
 では、なぜ雷蔵は歌舞伎俳優に? 中学退学の後、目的もなく養父・九団次の芝居を見ていて、なんとなく、理由もなく歌舞伎の舞台へ。さらに、運命が囁(ささや)いて今度はなんとなく映画界へ。そのあたりのゴチャゴチャした話は歌舞伎ファンにお任せして、僕の興味の対象は優柔不断でのらりくらりの雷蔵の生き方だ。
 彼の人格を形成するのらりくらりは本当なのか、演技なのか。「どっちがほんとなんや」「ほな、喋(しゃべ)らしてもらおか、エヘン」。人を食ったような言い回しは、これこそ彼の生来の自然体である。
 「半分アホみたいな感じ」の、とらえどころのない性格である。とにかくクニャクニャしている。「あんた、どうする」なんてパパッと言わない子だった。「なるようになる」に任せる他力的な受け身タイプの雷蔵である。
 村松友視は『雷蔵好み』の中で、日和見的、のらりくらり、もう一人の自分は虚構ではなく、雷蔵の本質であると書いた。著者は、のらりくらりな振る舞いは敵を作らないための「自己演出」だったのではないか、と問うが、そんな器用な生き方ができないのが雷蔵ではないのか。
 雷蔵は自らの出生に絡む数奇な経路を振り返るとき、大きな運命の糸に人生を操られてきたように思う、と述懐する。雷蔵が死について語ろうとしないのは死の予感を恐れているからで、僕は雷蔵ののらりくらりの背後に死への観念を見てしまう。あの円月殺法にその秘密が隠されているように思えてならない。
    ◇
おおしま・ゆきひさ 1947年生まれ。報知新聞記者を経て、演劇ジャーナリスト。著書に『名優の食卓』など。