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北澤平祐作品集「The Current」 「美しい」を「見る」という奇跡的な感触

『The Current 北澤平祐作品集』から

 美しい、という言葉の指すものを単体で見ることはできない。美しい海や、美しい山や、美しい瞳は、見ることができても、「美しい」だけを単体で見ることはできない。けれどそれは、どこにもないということなんだろうか。「美しい」はどこにもないのか、ただ山や海が美しくあるだけで、「美しい」は存在し得ないのか。たまに、私はそんなことを考えます。

 「美しいな」と何かを見る時、私はそれそのものもそうだけど、それに出会えたこと、それを見つけたことで変わる空気そのもののことも「見ている」と思う。美しい山や美しい海を見た時の、世界に満ちている大気ですら愛(いと)おしく感じるような、そんな感覚。何か目に見えない奇跡のような存在が、眼前に満ちていると確信するような。私はこの画集を見ていると、その瞬間のことを思い出します。美しい山や美しい海を見るとき、それそのものからも溢(あふ)れ出し、視界いっぱいに広がる「美しい」が、もはや山や海からはぐれ、それだけで鼓動し、絵になって現れていると感じます。眩(まぶ)しさや曖昧(あいまい)さ、色彩、それから潤む目。そこにあるものだけを人は見ているのではないのかもしれないし、見るという行為は、幻を追うことでもあるのかもしれない。そのときの奇跡的な感触を、絵で思い出させてくれる。人が「見る」ことの奇跡に、絵として改めて出会わせてくれた一冊です。=朝日新聞2021年11月6日掲載