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左右社・小柳学さんがつくった『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』 あの日々、短編小説のよう

 16年前に会社を一人で立ち上げ、これまでなんとか400冊ほどの本を作ることができた。どれも愛着があるが、この本は左右社らしさが出ていて特別だ。

 20年4月、コロナ禍で緊急事態宣言が発せられた日の翌日、さまざまな職業の人に日記を依頼した。パン屋、ごみ清掃員、タクシー運転手、女子プロレスラー、内科医、ホストクラブ経営者……。社員が職業名を片っぱしからあげ、誰か知り合いがいれば依頼、いなければ友達に聞き、それでもいなければ友達の友達に聞いてもらった。全員編集、全員制作、全員営業だった。

 驚きがあった。執筆者のほぼ全員が〆切(しめきり)を守ってきた。こんなことは稀(まれ)だ。奇跡とさえ思った。守られない〆切に苦労して『〆切本』という文豪アンソロジーを作ったことがあるが、その手のドラマは一切なかった。それからどなたの文章も手を入れる必要がなかった。書くことと、生きることは、もともと重なっているものだが、その重なりは線となって逆境の最中、輝かしく力強く広がっている、と思えた。

 今回あらためて読んでもう一度驚いた。コロナがまだ完全に収束しているわけでないのに、そしていまもギリギリのところで闘っている人がいるのに、いろんなことを忘れている。ヘンな夢を見た人が多かったこと、「また生きて会いましょう」と冗談っぽく挨拶(あいさつ)していたこと。人の機微が描かれている。じわじわくる。なんだか短編小説を読んでいるようだった。=朝日新2021年11月10日掲載

 ◇こやなぎ・まなぶ 58年生まれ。左右社代表。