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温暖化と社会 科学者の総意を直視し、前へ 東北大学教授・明日香壽川

国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が開かれた英グラスゴーでは、「気候正義」を訴える大規模なデモ行進が行われた=6日、AFP時事

 地球環境のシミュレーション。それがノーベル物理学賞に選ばれた真鍋淑郎氏が1960年代に行った仕事だ。彼は、まず大気と海、そして陸地の間で熱や水蒸気がやりとりされ、次々と変化が起きる非常に複雑な現象を数式化した。さらに、大型コンピューターを使って二酸化炭素濃度がもたらす地球の気温上昇を予測した。

 河宮未知生『シミュレート・ジ・アース』は、このコンピューターモデルによる気候科学に関する研究の最前線をわかりやすく説明している。通常の物理や化学などの分野では、室内実験で条件をいろいろ制御して仮説を証明したり否定したりする。しかし、まさにかけがえのない地球は一つしかなく、実験ができない。ゆえにコンピューター・プログラムの中で条件を変えた実験を行うシミュレーション研究が大きな意味を持つ。

論争を印象づけ

 では、そもそも地球温暖化を発見したのは誰なのか。答えは科学者コミュニティーだ。スペンサー・R・ワート『温暖化の〈発見〉とは何か』(みすず書房・3520円)が書いているように、「人為的な温暖化は疑う余地がない」というのは、何千、何万人もの気候科学の研究者による判断の総意である。

 だが、こうした総意の存在によって経済的な不利益を被る国、企業、人が存在する。典型が化石燃料を売ってもうけている人々だ。彼らは、気候科学を専門としない有名科学者を利用して「温暖化に関しては科学者の間で論争がある」という言説を広めた。かつて「たばこの害に関しては論争がある」と主張し続けたたばこ会社と全く同じ戦略だ。『世界を騙(だま)しつづける科学者たち』は、このような事実を膨大な証拠とともに明らかにした。米ニューヨーク市は、「組織的かつ意図的に消費者の誤解を招いた」として、石油大手3社と主要業界団体を提訴した。

 ちなみに、岸田文雄首相は、9月の自民党総裁選の前に「気候変動は、人間の経済活動によるものと考えているか」との質問に「科学的検証が前提だが、そうした部分もあると考えている」と答えている(「オルタナ」9月24日)。半分くらい「騙された」結果の発言だ。

 ナオミ・クラインは『ショック・ドクトリン』(岩波書店・上2860円、下2750円)で、惨事便乗型資本主義や市場原理主義を批判した。彼女は『これがすべてを変える』で、このように大企業が短期的な利益のみを追求し、科学的な言説すら支配して一国の大統領や首相を懐疑論者にさせてしまうような社会システムこそが問題だとする。そして、そのようなシステムを変えない限り気候危機は避けられないと訴える。

立ち上がる若者

 これに同調して、米バイデン政権の成立にも貢献したのがサンライズ・ムーブメントと呼ばれる若者グループだ。彼ら彼女らは『グリーン・ニューディールを勝ち取れ』(那須里山舎・2640円、近刊)で、貧困、格差、差別などに反対する人たちとの連帯を宣言し、公民権運動と同じような希望をグリーン・ニューディールによる気候正義の実現や雇用創出に見いだす。

 前出の岸田首相の回答は論理的におかしい。「科学的検証」が不十分なのであれば何も言えないはずだからだ。温暖化問題について深く考えたことがなく、だからこそ先の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で官僚に言われるまま「日本は石炭火力を維持する」という趣旨の演説を真顔でできたのだろう。彼の「新しい資本主義」に環境投資のようなグリーン・ニューディール的な要素が盛り込まれても、実際は見せかけだけの「グリーン・ウォッシュ」となるのは、これも疑う余地がないように思われる。=朝日新聞2021年11月20日掲載