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『塞王の楯』刊行記念【対談】千田嘉博×今村翔吾(前編) 城と石垣から見る、矛盾とは

左から、城郭考古学者の千田嘉博さん(撮影:畠中和久)と、作家の今村翔吾さん(集英社提供、撮影:山口真由子)

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石垣こそ城の要。謎多い立役者「穴太衆」

千田:『塞王の楯』を読ませていただき、本当にすばらしい作品だと思いました。まずは戦国時代が舞台でありながら武将ではなく、「穴太衆」と呼ばれた石垣職人を主人公にしたことに驚きました。この発想がまず尋常ではありません(笑)。
今村:ありがとうございます(笑)。石垣をつくる職人、いわゆる石工のことを描いた小説はないことはありません。でもここまで石工が全面的に動き、活躍する小説はないかもしれません。
千田:石工にここまで光が当たること自体、初めてだと思います。お城ファンのなかでも、石垣に注目するのはかなりマニアックな人たちですしね。でも、地味かもしれませんが本来、石垣こそがお城の守りの力として、お城本来の機能を成り立たせていた一番重要なものです。この小説では、石工たちがいかにダイナミックに歴史を動かす重要な役割を果たしていたかが、見事に再現されています。そのことにまず驚きました。なによりこの小説は、お城や石垣のことをきちんと理解していないと絶対に書けない内容です。
今村:僕自身、子供のころから大のお城好きだったので、千田先生からそう言ったいただけることは本当に嬉しいです。

今村翔吾さん(集英社提供)

千田:まず冒頭で主人公の匡介(きょうすけ)と、その師匠で「塞王」の異名をもつ飛田源斎が出会う一乗谷城(福井県)。戦わずに落城したあの山城を小説の舞台にしたのはすごいと思います。一乗谷城はもともと特殊な石垣がない、土づくりを極めた城です。それを朝倉氏が、穴太衆のなかでも随一の能力をもつ飛田源斎を招き、石垣の城に改修して織田軍と戦おうとしていた。そんな設定ですが、なるほどありうることだと感心しました。穴太衆は大名から招かれれば、きっとどこへでも出向いて石垣をつくっていたはずです。そのことが冒頭からよくわかり、とても印象的でした。
今村:戦国時代の戦いのなかでも、朝倉義景の負け方はちょっと稀有と思うんです。あの戦の混乱は、ものすごいものだったと思います。朝倉氏の城はそれまで戦に使われてこなかったので、どの程度の守りの固さがあったのかはよくわかりません。ただ『塞王の楯』という守りを小説のテーマにした時、対極となる戦は何かと考え、真っ先に浮かんだのが朝倉氏の滅亡だったんです。
千田:この作品は、現在の石垣職人にしっかり取材され、最新の研究成果もふまえて執筆されたことが随所からわかります。準備は本当に大変だったと思います。
今村:フィクションとはいえ歴史小説である以上、ベースとなる史実がまずは土台になります。その点で苦労したのが、穴太衆の史料があまりにも少ないことでした。穴太衆については正直、わからないことだらけなんです。よく歴史作家は点と点を結ぶものだなどと言いますが、今回はその点が極端に少なく、大変でした。
千田:軍事機密に関わるうえで、守秘義務は厳守ですからね。どんな城をつくったのか、どういう縄張りにしたのかは絶対に語りませんし、記録も残さないという描写はなるほどなと。穴太衆が石垣を積んだ城は畿内を中心に全国にありますが、初期の図面は一つも残っていません。江戸時代となり、だいぶ時を経た後に秘伝書として石積みの技術書がつくられました。でも一番大事なところは口伝で、文字として残されていないんですね。
今村:穴太衆からは、千葉周作が出現する以前の古来の剣術のような雰囲気を感じます。奥義は師匠から弟子に口伝でのみ伝えられていくという……。
千田:仮に穴太衆が城に関する情報をペラペラしゃべるようでは、城をつくったあとで全員斬り殺さなくてはなりません。
今村:自分の身を守るためにも、穴太衆は城の秘密を漏らすわけにはいかなかったんですね。完全な守秘義務による信用がないと、彼らは仕事を続けていけなかった。図面を残さない理由も、そこにあったのだと思います。

石の声を聞き、行きたいところへ行かせる

千田:この作品はそんな穴太衆の謎を読み解いていく研究書のような内容にもなっています。私自身も研究者なので、史料がない穴太衆について書くことがいかに難しいかはよくわかります。
今村:僕がこの作品を書けたのは、穴太衆の末裔の職人さんに取材させていただけたことが大きいです。2016年の震災で崩れた熊本城の石垣の再建作業にも当たられている、滋賀県にある粟田建設の粟田純徳(すみのり)社長に、石工の仕事や穴太衆について話を伺いました。小説のなかに石工が塩で手を洗うことによって手の感覚を研ぎ澄ましている、というシーンがありますよね。あれも粟田さんから伺った話です。匡介は石の声を聞き、それに従って石垣を組みますが、粟田さんのおじいさまは石の声を聞くことに大変長けていたそうです。実は源斎のモデルはその方です。
千田:なるほど。どおりでリアルなわけです。「石の声を聞く」という話は、私も現代の石工の棟梁から聞いたことがあります。あと匡介が石切り場を見ているうちに、石の目がわかり、ここを叩けば石は割れると見抜くシーンがありますよね。私も実際にそんな石工の技を見せてもらったことがあるんです。「ここに目が走っているだろ」と言われても、こちらはよくわからない。でもそこを叩いたら本当に割れるんです。あれはすごいと思いました。
今村:本当にそうですよね。
千田:「なんでわかるんですか?」と聞いても「説明できない」と言われました。「石を見ていたらわかるようになるんだ」と。まさに神秘的な匠の世界です。石の声を聞き、石と対話をし、石が行きたいと思っているところへ行かせてやる。そうすることで最高の石垣がつくれる。そんな本当の石工たる塞王の境地が、この小説のなかでも見事に描かれていますね。
今村:粟田さんから聞いた話で目から鱗だったのが、近くに石場がないと城は立てられないということです。そんなこと、それまで考えたこともなかったですからね。単純に城は守りの要衝に建てるものだとばかり思っていました。でも確かに浅井家が静岡に、織田家が長野に石を取りにいくなんてことはできません。石垣づくりは土木事業なので、コストに対する感覚も非常にシビアだったと伺い、なるほどと思いました。
千田:石垣の一番の機能は敵の侵入を防ぐことです。よって人が乗り越えられない高さの石垣をいかに効果的につくるかが一番、重要なんですね。石垣は高ければ高いほどいいというものでもないんです。
今村:石垣を高く積めば積むほど、コストも時間もかかるわけですからね。

本作の執筆にあたり、今村翔吾さん(左)は穴太衆の末裔・粟田純徳社長へ取材するため滋賀県へ(集英社提供)

平和を望みつつ武器を磨き続ける「矛盾」

千田:この作品でさらに驚いたのが、穴太衆がなぜ城をつくっていたのか。彼らが自分たちの仕事に込めていた志です。匡介も源斎も、鉄壁の城をつくることで平和な時代を築こうとしていたんですね。自分たちの仕事によって人が死んだり、苦しんだりすることがない時代をつくりたい。そんな思いで彼らは命がけで石垣をつくります。ここは本当に感動しました。彼らの志に思いを馳せると、石垣の見方もこれまでと大きく変わってくるのではないでしょうか。
今村:そうですね。以前、現代の軍需産業に関わっている人たちには、自分たちの技術が人の命を奪うことへの葛藤があり、心を苛まれている方が多いという内容の本を読んだことがあります。だからこそ多額の寄付をしたり、熱心に信仰に励んだりして、精神のバランスをとらないとやっていけないそうです。穴太衆も戦の道具をつくることに対して、心のよりどころとする理想や夢がないと続けられなかったんじゃないか。そう考え、あのような設定にしたんです。
千田:匡介らが石垣で強化し、最終的に目指していたのは戦わない城です。その究極の城の典型が江戸城ですね。天下統一を果たした江戸幕府の本拠地であり、日本最大最強の城です。この城は幕末維新のときに少し危機はあったものの、結果的に一度も戦をせずに役割を終えます。そういった意味では、匡介たちが目指した世界は最終的に実現するんですね。
今村:江戸幕府としての総合力に江戸城の守りの堅さも寄与していたのでしょう。
千田:作品中、穴太衆のライバルが鉄砲鍛冶の国友衆であり、そのリーダーである国友彦九郎(げんくろう)です。穴太衆がより強固な石垣をつくろうとするのと同様、彦九郎らも自分たちの仕事として、さらに強力な鉄砲をつくろうとする。その競争が、この小説の大きな見せ場になっています。でも彦九郎らも決して戦争が続き、人がたくさん死ねばいいなどとは思っていません。国友衆は国友衆で、自分たちが最強の鉄砲をつくることで、それが抑止力となり、戦争が起こらない世の中にしたいんですね。そんな矛と盾の戦い、まさに人類の「矛盾」がこの作品の大きなテーマになっています。
今村:盾も矛も本当は、使わないに越したことはありません。それでもそれらを磨き続けていかなくてはならない現実がある。それは現代も続いています。人類はいつの世も太平を望みながら、永遠に軍事の技術を向上させてきました。ただ今の時代に対して僕が不安を感じるのは、これまでの人の営みのなかにずっとあった「太平を望みながら」の部分が、ごっそり抜け落ちてきている気がすることです。そんな現代だからこそ、「人はなんのために武器をつくり、戦うのか」というテーマをもう一度自分なりに考えたい。そんな思いも穴太衆と国友衆の戦いのなかに込めました。
千田:物語の舞台は400年ほど前ですが、読んでいると自然と現代に意識が向かいますね。この作品を読んだ方は、人類が歴史を通じて行ってきたこの矛盾をどうとらえ、どうしていくべきなのかと、考えざるをえないのではないでしょうか。この作品にはそんな時代を超えた、大きく重い問題提起も込められています。深く考えさせられる作品です。
今村:僕自身、「なぜ人は争うのか」を考えながらずっとこの小説を書いてきました。でも結局、最後まで答えは出ませんでした。正直、最初から答えが出るとも思っていませんでしたが……。答えが出るなら、いまに至るまでこんなに争いが続くことはなかったはずですからね。
千田:そうですね。
今村:ただこの作品を書きながら思ったのは、現代人からは野蛮にみえる戦国時代の人たちのほうが、よほどこの問題について突き詰めて考えていたのではないかということです。匡介らが夢見ていた太平の時代に生きる私たちが、戦争について考えることを放棄している。むしろ戦乱のなかにいた人たちのほうが戦について真剣に考え、太平の世を望んでいた。ここも大きな矛盾です。いずれにしろこの作品が、あらためてこの問題について読者が考えるきっかけになればうれしいです。

今村翔吾さん(集英社提供、撮影:山口真由子)