連作短編集、という形式の小説がある。収録された短編の登場人物や舞台などが共通しており、通して読むと長編になるものをいう。各編の中に終盤へ向けての布石や伏線が仕込まれるので収録順に読むのが前提だ。
ところがその前提を大きく覆す作品が登場した。道尾秀介の『N』である。なんと、収録された6章をどの順序で読んでも長編になる――しかも順序によって物語が〈変わる〉というのだから驚くまいことか。
ページをめくると、まず六つの章の冒頭部分だけが掲載されている。それを読んで興味を持ったページに移動し、あとは好きな順で読むだけだ。
ペット探偵の話に野球少年の話。終末医療に携わる看護師の話もあれば、殺人事件を追う刑事の話もある。外国が舞台の話あり、衝撃的などんでん返しあり。バラエティーに富んだミステリータッチの、けれど無関係に見える六つの物語。
それが少しずつリンクする。別の章に出てきた人物と他の章で再会したり、別の章の謎が他の章で解かれたり。こうつながるのか、こんな仕掛けになっていたのかという驚きは格別だ。
もちろん読む順で章の中身が変わるわけではない。だがある人物や出来事をすでに知っているか、初めて読むかで印象がまったく違うのだ。順序次第でサッドエンドにもなれば希望を感じる終わり方にもなる。物語の持つ色が変わる。その組み合わせは720通り! なんという離れ業か。しかもそれぞれ独立した短編としても充分(じゅうぶん)読ませる粒揃(つぶぞろ)いの作品集でもある。
どの順で読んだか語り合いたくなること請け合いだ。私は、次に読むときにはこれを最後に置こうと決めている章がある。言いたいがぐっと我慢。あなたもぜひ〈自分だけの物語〉を見つけていただきたい。
なお、紙の書籍は一章ごとに天地が逆に印刷されている。電子書籍にはその趣向はないが、任意の章にタップで飛べるので便利。お好きな方でどうぞ。=朝日新聞2021年12月11日掲載
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集英社・1870円=5刷4万5千部。10月刊。版元によると、著者の従来の読者層である40代に加え、TikTokでの紹介を通じて10、20代にも読まれているという。