16歳で西麻布のバーのDJに
――音楽活動のきっかけは?
DJの先輩が16歳の時に東京・西麻布のバーに連れて行ってくれたんですよ。地元が近くて。たぶん日本で一番古いクラブなんです。でもディスコの流れとは違う。今で言うサウンド・バーみたいなとこ。先輩はそこでDJしてて。音楽が好きだったからよく遊びに行ってました。お客さんがいない時はちょっとやらせてもらったり。でもある時、先輩が飛んじゃって(笑)。「一晩やってみろ」と言われ、なんとかした次の日から僕がレジデントDJになりました。16歳から24歳までほぼ毎日一晩中DJしてました。ファンク、ソウル、ジャズ、ハウス、テクノ、ヒップホップみたいなダンスミュージックはもちろん、お客さんによってはロックもかける。
――先輩が飛んだ、ということは厳しいお店だったんですか?
厳しいというか……。本物の遊び人しか来ない店なんですよ。ロカビリーがかかると超不良の人がロカビリーの正式なステップで踊り出すような感じ。大騒ぎするキッズとか、今で言う半グレっぽい人もいない。本職の不良の方、芸能人、モデルもいたけど、みんな上品で遊び方がかっこいい。しかも音楽を知ってる。だからダサい曲や場の雰囲気にそぐわない曲、わかってない選曲が許されない。変な曲をかけると瓶が飛んできましたから(笑)。大変でしたし、怖いこともあったけど、今思えばめちゃめちゃ楽しかった。大学時代もずっとそこでDJしてて、9.11の映像をお店で見たのを覚えてますね。
――本職の方、芸能人、上品、バーという単語がなかなかイメージとしてつながらないのですが……。
そうですよね(笑)。僕が10代でDJしてたお店は一面ヴェルヴェットが敷かれてて、ピアノとDJブースだけがあるんです。その風景に一番近いのは村上春樹さんの『1973年のピンボール』です。お客さんが入ってる時はパーティーみたくなるんですけど、平日で暇な時は春樹さんの描写が近い。ジャズのレコードについて事細かに書かれてる感じとか、東京の夜を正しく描いてると思う。普通の人は知らない、表層的なメディアにも絶対に出てこない、アンダーグラウンドのめちゃくちゃヤバくてドープな世界観をわかったうえで書いてるように思う。たぶんジャズ喫茶を経営されてた影響もあると思います。
ちなみに僕が行ったことあるなかで一番雰囲気が近いと思ったのは、京都のMETROというクラブです。内装とかバーテンさんの感じとか。メルティングポットな雰囲気がそのままでした。あと体感的には最近読んだ柳町唯さんの『Big Pants―スケートボードis素敵』の雰囲気にも近いですね。
今の世の中、読書がちょうどいい
――KMさんは普段どんな本を読まれますか?
ストーリーとかより集中できる文章が好きです。今の世の中って、嫌なニュースが自然と降りかかってくるじゃないですか? 夜にふと制作がつまんなくなった時、SNSを開くと自分の評価が気になっちゃうし、YouTubeを見始めると戻ってこられなくなる。だから読書がちょうどいい。それに当時のお店の先輩から「Kちゃん、成功したいなら本読まなきゃダメだよ」って言われた影響も大きいです。
――好きなジャンルはありますか?
80年代後半の本が多いですね。僕は90年代のカルチャーが好きだけど、お店でDJしてた時代にかっこよかった先輩たちは80年代後半のカルチャーに影響を受けてたんですよ。なので自然とその辺を読んじゃってます。タイプ的には純文学とSFの中間みたいな作品が多くて。どうやらスリップストリーム文学と呼ばれてるらしいです。村上春樹もそうだし、ウィリアム・バロウズとかアンナ・カヴァンとか。ドラッギーな作家が多いですね。ドラッグの流れだと中島らもさんの『世界で一番美しい病気』もすごく好き。
――らもさんは80年代後半から90年代に活躍された作家ですね。
これは恋愛のエッセイ集です。ダメな人が書いたラブソングみたいな魅力がある。クズなのにロマンチック、みたいな(笑)。でもそれこそがまさにエモだと思うんです。この本の中に「夜が降ってくる」って表現があって。この言葉は遊びまくって、へろへろに酔っ払ってないと出てこない。
僕が好きなのは「恋するΩ病」という話。しこたま酔っ払って女の子の家に行くけど、何もせずに帰ってくる。主人公にも、相手の子にも問題があって。「なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ」「俺らが何をしたんだ」みたいな虚しさが描かれています。僕も一晩中DJして、めちゃくちゃ酔っ払って、明け方にクラブを出て、重いレコードバッグを引きずりながら家に帰る時、よくこんなことを考えてました。「俺はこんなボロボロになってまで一晩中DJをして、いったい何を生み出したんだろう?」って。
――僕はその虚しさからのちにひどく自己嫌悪に陥ってしまうことが多くて、徐々にクラブや夜遊びから足が遠のいたところもあるんですよね。
そういった感覚へのアンサーが村上龍さんの『村上龍映画小説集』にあったんですよ。主人公が「映画とか小説とかって一体なんのためにあるんだろう?」って疑問を持つシーンがあって。それに対して、ヒロインは「没入することで何もできない自分の不安を忘れさせてくれるもの」と答えるんですね。さらにこうも言います。「でもそれって受動的に時間を消費してるだけ。普通の生き方の人はそれでもいいと思う。けど、あなたはそれじゃダメ」って。俺もそうだったけど、若い頃ってなんでもできると思うじゃないですか。でも実際は何もできない。だから努力しなくちゃいけない。日常をぬくぬく過ごすだけじゃなくて、やることべきことがあるって。
――めっちゃいいラインですね。
無軌道に読んでたら自然と自分の中で繋がりました。龍さんはジャンルで言うとEDMというか、最初から爆アゲみたいなイメージなんですけどね(笑)。でもなんだかんだで春樹さんとともにほとんど読んでると思います。
チャラ箱で「俺は何やってるんだ?」
――KMさんは会社員も経験されてるんですよね?
はい。さきほど話したバーで今の妻と知り合って24歳の時に結婚し、子供ができたので昼の仕事を始めました。2年くらいしか続きませんでしたけど。昼の仕事をやってる間から西麻布の別のクラブでずっとDJもしてました。そこは六本木の外人さん、外人が好きなギャル、港区女子、いいとこの会社の方が集まるかなりデカいハコ。超パワフルでしたよ。
日本にも有名なEDMのフェスがありますけど、比較にならないほど盛り上がってました。多い時は2000人くらい入ってて、盛り上がりすぎた客の波にDJブースが押されちゃったことがあって(笑)。中に3人くらいDJがいたんですが、圧死しそうになったので、必死でブースを支えたこともありました。日本中でDJしてるけど、そんなのはあの時だけです。
――その時期はかなり辛かったと別のインタビューで話されてましたね。
会社を辞めた後はDJで家計を賄ってたんですよ。ギャラは良かったけど安定しないし、なにより自分の好きじゃない音楽をかけなきゃいけないのがキツかった。客層も苦手だった。ブースの影で男女が……みたいなことも頻繁にあって。勘弁してくれよって。そういう時、ブースの中でよく見てたのが『Diplo: 128 Beats Per Minute SIGNED (Diplo's Visual Guide to Music, Culture, and Everything in Between Book)』という写真集です。DJで世界中を旅するDiploのかっこいいパーティーの写真がいっぱい載ってる。あとその日にかけた曲のプレイリストも出てて。出版された2012年の雰囲気もすごい出てる。僕は理想と現実の乖離にすごくモヤモヤしてました。「俺は何やってるんだ?」って。それが中島らもさんにつながるんです。
――六本木は怖くてほとんど行ったことないんですよ。イエローくらいまでです。
イエローはすごく上品な感じでしたよね。でもアンダーグラウンドなチャラ箱がすごかった。それに実際怖かったですよ。僕はそういうとこでDJしてたんです。鍛えられました。メジャーからアングラまであらゆる音楽を知らなきゃいけないし、常に盛り上げなきゃいけない。必然的にDJのスキルがつきました。最近イギリスのレイヴ・カルチャーの本(『レイヴ・カルチャー──エクスタシー文化とアシッド・ハウスの物語』)が出たけど、あれの日本版が書けるくらい西麻布はディープです。っていうかたぶん、西麻布のほうがヤバいと思います。
――バーからはじまり、チャラ箱を経て、KMさんの最新型「EVERYTHING INSIDE」なわけですね。
そうですね。このアルバムを作ってる時、さっきの『1973年のピンボール』と『ダンス・ダンス・ダンス』を何度も読んでました。春樹さんの何が好きかをうまくは言えないんです。ただ読んでると集中して没頭できる。その先に自分を見つけて、また現実の世界に戻ってこれる。それが自分にとっての読書です。今作のタイトル(EVERYTHING INSIDE)にも通じるかな。
創作は自分の内側からにじみ出てきたもの。外側には何もない。答えは最初から自分の中で決まってて、確認のためにいろんなインプットをするというか。僕の音楽を聴いてくれてる人はラップを好きな人が多いけど、いずれはインストの作品も作りたい。そこが自分のルーツだから。海外でも戦ってみたいです。