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中村獅童さんが歌舞伎の絵本を出版 「時代を超えた、普遍的なストーリーの素晴らしさを伝えたい」

中村獅童さん

絵本の読み聞かせは全力で

――絵本を出版された経緯を教えてください。

 出版社から、歌舞伎を題材にした絵本を作りたいとお話をいただいて、子どもたちに歌舞伎を広めたいという自分の気持ちと非常にフィットしたのでお受けしました。ただの名義貸しになるのは嫌だから、やるからには本気で。

 最近4歳になったばかりの上の息子は、お面をつけて遊ぶのが好きだし、歌舞伎の映像を見ると隈取をしている人に興味を持つので、それを採り入れたしかけ絵本に仕立てました。歌舞伎ってどこかコスプレの世界でもあるので、絵本を読みながら各ページをお面にして遊んでくれると嬉しいなって。歌舞伎のリアルを伝えるために、僕が描いた隈取のアイマスクをおまけに付けています。子どもにはたくさん本を読んでもらいたいから、絵本の専門店にも行くんですが、そこで色んな絵本を見ていたのも参考になったかな。

――ふだんからお子さんに絵本を読まれるのですか。

 最近はコロナの影響で在宅時間が増えたので、絵本を読んでいます。僕が息子のために買って読み聞かせをするのは、ウルトラマンの絵本。悪者も正義の味方も全部声色を変えて全力で読むから、穏やかに読んでいたつもりでもどんどん演技が高まっていって、子どもがビクビクしちゃって寝付かないんですけど(笑)。やっぱり演技を仕事にしているから、ちゃんとやらないと嫌なんです。

 僕は一人っ子で、小さいときは『三びきのこぶた』など寝る前によく母に絵本を読んでもらいました。僕が読むのと違って、優しく優しく。でも母が少しお酒を飲んだ後だと普段と読み方が変わって、それが子どもながらに許せなくて、「今日はもういい。お酒飲んだでしょ」って。厳しい子どもでした。母は亡くなりましたが、今も自分にとって母はすべて。やっぱり母に読んでもらう絵本っていうのは格別なものでしたね。

題材は思い出のある演目

——今回の絵本の題材に選んだのは、歌舞伎の三大名作「義経千本桜」ですね。全5段からなる長い物語のうち、「四の切(しのきり)」と呼ばれる四段目最後の「河連法眼館(かわつらほうげんやかた)の場」がメインストーリーです。

 「四の切」は、父母の革で作られた鼓を返してほしいと願う子狐が、人間の姿に化けて現れる話。子どもにもってこいのストーリーですよね。僕が子どものころにこの歌舞伎を見た時、心躍るというか、好きすぎて公演中はもう毎日通いました。家に帰ると、客席の上をワイヤーで飛ぶ「宙乗り」をまねて、体につけた紐を棚にひっかけて、「お母さん、いいから早く引っ張って!」って。全然持ち上がらなかったけど(笑)。

 亡くなった中村勘三郎兄さんが、2001年に平成中村座という仮設の芝居小屋で「義経千本桜」を上演したんです。1日だけ若手に主役をやらせる試演会というのがあって、「四の切」の狐の役をやらせてもらいました。人生初の主役だったけれど、稽古中はセリフが出てこないし動けないしで、めちゃくちゃ怒られた。本番当日は足が震えて、本気で逃げたいと思いましたね。でも花道から登場した瞬間、聞いたこともないような拍手と観客の期待感に包まれて、あの感覚は一生忘れないと思います。そのおかげで、次々と楽に演技ができました。

 勘三郎兄さんは「泣かされたよ、今日のあんたの演技には」って。「型よりも、子狐ががむしゃらになって親を慕う気持ち、そこが観客の感動するところだ」と教えてもらいました。いまも狐を演じるときは、その教えを守りながら、どこか獣の臭いがする僕なりの狐をやろうと舞台に立っています。そういう思い出深い演目なんです。

「天然記念物」になる前に

——獅童さんはNHK Eテレ「てれび絵本」で、絵本『あらしのよるに』の読み聞かせを担当したことをきっかけに、2015年に歌舞伎化した経験がありますよね。絵本と歌舞伎に共通点はあるのでしょうか?

 狐もそうだけど、歌舞伎っていうのは動物を人間が演じるメルヘンの部分がある。オオカミとヤギが親友になるというこの絵本のメルヘンも、歌舞伎にできるなと。体の動かし方やお化粧で、着ぐるみを着なくても動物らしく見せられるのが歌舞伎の強みです。自分も映画やテレビで現代劇をやるけれど、歌舞伎ほど都合のいいものはないですもんね。観客側も突拍子もない設定をお約束として共有してくれる文化があるので。

 僕は歌舞伎オタクじゃないから、歌舞伎は一番だけど、いろんなことが好きで他のジャンルの仕事もしています。色んなことに視野が向いている人間は、色んな人にウケる歌舞伎を作ることができるんじゃないかなって。『あらしのよるに』の歌舞伎化もそう。歌舞伎はエンタメだから難しく考えちゃだめなんです。江戸時代の庶民の娯楽だから。僕がバーチャルシンガーの初音ミクさんと毎年コラボしている「超歌舞伎」では、観客がペンライトを振って「萬屋!」と叫べるようにしていますが、江戸時代でも歌舞伎はその時の新しいものを採り入れていた。僕も当時の傾奇者(かぶきもの)と同じ精神でやってるんです。

 今回の「義経千本桜」は古典的な名作狂言と呼ばれるもので、誰が見ても「ザ・歌舞伎」なんですよね。でもその古典の言葉遣いをやわらかく崩して絵本にすることで、歌舞伎には時代を超えた普遍的なストーリーの素晴らしさがあるということを伝えたい。子どもたちや歌舞伎を知らない親御さん方に堅苦しくなく伝えることが、自分の使命だと思っています。

——「使命」ですか。

 海外の伝統芸能で、すでに観光化されているものもあると聞くと、やっぱり危機感を覚えるというか。いま子どもたちにも真剣に向き合うことで、20年後、30年後に歌舞伎座に来てもらいたいですよね。そうじゃないと歌舞伎も将来、一部の愛好家と、これが伝統らしいよと天然記念物を見るように来る観客だけになってしまう。コロナ禍で、家で楽しく過ごせる方法をみんな覚えてしまったから、若い人たちも歌舞伎を見に行かないですよね。歌舞伎を絵本にすることで、そういった世代に歌舞伎のかっこよさをアピールできればと思っています。